チュートリアル -2-
『次に、ルナから帰る方法を教えるね! コージの左腕に付いている装置を見てみて。あ、ちなみにアームヘルパーって言うんだよ! アームヘルパーのボタン押してみてくれるかな?』
晃司は言われたとおりにボタンを押した。すると、短い効果音とともに、視界の左端の空間にRPGゲームでよく見るメニューパネルが現れた。どうやら、アームヘルパーのボタンはメニューパネルを開くためのもののようだ。ボタンが縦に四つ並んでいて、一つ目から三つ目は非活性になっている。ボタン内は「?」マークが書かれてあるだけで、内容が分からない。四つ目は「設定」と書かれていて、押せそうなデザインになっている。
『メニューが出てきたよね? 設定っていうボタンを押してみて?』
触れればよいのだろうか? 晃司は設定のボタンに手を伸ばした。ゲーム機と違って、ホログラムのように空間に表示される映像は遠近感がつかめない。文字通り手探りしていると、あるところで指に何かに触れた感触があった。それと同時に、設定ボタンの色が変わり、ボタンを押しているようなデザインになった。晃司が驚いて手を引っ込めると、パネルの内容が変わった。
ボタンを押せたらしい。まさか、エアタッチではなく、本当にボタンを押す感触まであるとは。ボタンが空間にあるというだけで、タッチパネルを操作している感覚だ。
『設定メニューが開けたね! 一番下に、”ルナから帰る”っていうボタンがあるでしょ? 帰るときはそれを押せばいいんだよ! あ、今は説明の途中だから、まだ押しちゃダメだよ!』
ボタンの感触に感動して、今何をしているところだったのか完全に忘れていた。セレーネに言われてメニューを見ると、上から「ニックネーム変更」「アバター変更」「ルナから帰る」のボタンが並び、さらにその下に、前の画面に戻るための「戻る」ボタンがある。戻りたくなったら、「ルナから帰る」を押せば良いらしい。
『さっきルナの中で使うニックネームとアバターを決めたと思うけど、変えたくなったらここで変えられるからね! それじゃ、”戻る”ボタンを押して!』
セレーネの指示に従う。一つ前のメニューに戻った。すると、先ほどは「?」になって分からなかったボタンが二つ見えるようになっていた。
上の二つが「プロフィール」「クエスト」になっていた。
『さっきとメニューの内容が変わったの、気づいたかな? さっきは”設定”しか押せなかったんだけど、今は”プロフィール”と”クエスト”が見えてるよね。順番に説明するね。あ、もう一つはルナを進めると見えるようになるから、楽しみにしててね! 今はヒミツだよ♪ プロフィールっていうのは、コージの情報を詳しく見ることができるメニューなんだ! 試しに押してみて!』
自分の情報と言われると、なんだか恥ずかしい。身長だの体重だの出てきてないだろうか。こんな最新技術が詰まった装置を付けてると、身体測定くらい一瞬でされてしまいそうだ。
そんな思考はいったん隅に追いやり、プロフィールを開いてみた。
名前――コージ
称号――人生に迷うアラサー
職業――なし
所持金――¥0
Lv――1
経験値――0
体力――30/30
ステータス――正常
思っていたのと違った。身長だの体重だの一瞬でも思った自分が恥ずかしい。というか、人生に迷うアラサーとか、失礼極まりない称号をつけるな。だが、反論できない事実であることも事実なので、否定もできないのがさらに悔しかった。
『プロフィールでは、コージのレベルや体力、ステータスを確認できるんだよ。この後説明する”クエスト”にも関わるんだけど、ルナの世界ではクエストをこなすと経験値をもらえてレベルが上がるんだ! レベルが上がると体力も上がるから、頑張ってね! ステータスはクエストの説明の時に詳しく話すね! 称号は、現実の世界のコージをもとにデフォルトで設定されたものだから、後で変えてね』
最後の発言にイラっとしたが、架空の存在に怒っても仕方がない。そういう仕組みにしたのはプログラマー、ないしは企画して仕様を決めた連中だからな。晃司はそう言い聞かせて文句を飲み込んだ。
『じゃ、次にクエストの説明をするね。ルナの中ではクエストっていうのを受けることができるんだ! 人助けだったり、バトルだったり、クエストはいろいろあるの! クエストを達成すると経験値とお金をもらえるよ! ぜひいっぱいチャレンジしてほしいな。ここでもらったお金は、現実の世界でも使えるんだよ! ”ルナペイ”が使えるところなら、どこでも支払いができるんだ!』
晃司の心が躍った。そもそもこのモニターに応募したのは、この世界で稼いだ金を現実でも使えるという謳い文句があったからだ。セレーネが言った”ルナペイ”というのは、今ものすごい勢いで加盟店が増えているQRコード決済方法だ。ド田舎の個人商店でもない限り、ほとんどの店が導入している。光熱費などの公共料金の支払いも、この”ルナペイ”は確実に使える。晃司が住んでいるのは都心部ではないものの、ベッドダウンとしてそれなりに栄えている街なので、ほぼ確実にどこでも”ルナペイ”で支払える。
つまり、本当にゲームの世界の金を現実で使うことが可能になるということだ。
『でも、クエストには危険が伴うものもあって、毒を浴びたり、麻痺して動きにくくなったりすることがあるんだ。そういう時は”ステータス”にコージの状態が表示されるよ。ステータス異常は薬を使えば治るよ! 薬は実際に飲んだり塗ったりするから、アームヘルパーのメニューから選ぶ必要は無いよ。普通に使えばOK! だけど、危ないと思ったら、無理にクエストを続けないで辞めてね。コージが苦しい思いをするの、私嫌だもん』
セレーネが両手を合わせて祈りのポーズ。悲しげな表情も相まって、本気で心配してくれていそうな感じが伝わる。この世界の中だけの存在とはいえ、かなりリアルだ。
話を整理すると、クエストをこなせば金を稼げて、ルナを出た後も使えるが、ものによっては危険も伴うということか。分不相応なレベルのものを受注したら、ヤバそうだ。
『ここまでで私の説明は終わりだよ! 長い時間付き合ってくれてありがとう、コージ! 私の説明、分かりにくくなかったかな? もう一度説明した方がいい?』
セレーネが首を傾げて訊いてくる。ゲームでよくある、長い説明をまた聞くかどうか、はい、か、いいえ、で答えるやつだ。今のところ説明内容に不明点はない。
コージは「いいえ」と答えた。
『コージは飲み込みが早いね! それじゃ、私はここまで! でも、もし何か分からないことがあったら、私の名前を呼んでくれたら、いつでもコージのところに会いに来るからね!』
不覚にもドキッとしてしまった。満面の笑みで、いつでも会いに来るなんて言われて嬉しくないわけはない。心臓に悪いキャラクターを作ってくれたもんだ。
『それじゃ、ルナの世界を目一杯楽しんでねー! いってらっしゃーい!』
そう言うと、セレーネはバイバイしながら天井に昇って消えていった。