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メタバース・プリズン  作者: 篠塚しおん
はじめてのボス戦
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はじめてのボス戦 -6-

 ガイドがボスの登場を告げた。人型で頭が異様に大きく、両手をぴったりと脚にくっつけ、まるで礼儀正しく気をつけをしているようだった。


「こいつか!」

「ついにボス戦……ってわけっすか」


 それぞれ剣と弓を構え、戦闘態勢をとる。こちらが武器を向けても、変わらず敵は大きな頭をゆらゆらと左右に揺らしている。目と口の位置にぽっかりと穴が開いており、奇妙な動きと相まってさらに不気味さを増している。


「先手必勝っす!」


 フミトが矢を放った。同時に、コージも魔法の吹き矢を放った。空気を割きながら向かっていった日本の矢は、どちらも敵を討つことなく空気を貫いていった。敵の巨大な頭部の中心を狙い、その狙い通りの場所を通ったはずなのに、躱された。


「避けた!?」

「もう一発!」


 コージは続けて魔法の吹き矢を放った。狙いは正確だったはずだが、今度もやはり躱された。矢が眼前に迫った刹那、遅鈍だった敵の動きが一瞬だが敏捷になったように見えた。一度も躱されたことのない、そもそも躱すことなど不可能な速さの矢が、当たらない。


『オオオ』


 今度はこちらの番だとでも言わんばかりに、キョトーオが籠った声を発した。揺れるのを止め、気を付けの姿勢のままに走り出した。その動きからは想像できないスピードであっという間に距離を詰められた。コージは防御する間もなく、巨大な頭でスピードに乗った頭突きをされた。


「がはっ!」


 息ができないくらいの衝撃に襲われ、草むらに吹き飛ばされる。キョトーオは一気に方向転換すると、今度はフミトに猛烈な勢いで突進していった。


「あぎゃ!」


 強烈な頭突きに、フミトはなすすべもなくもんどりうって倒れた。追い打ちをかけるように頭を振り回して殴打してくるため、立ち上がることすらできない。


「この……やろっ!」


 フミトは倒れた姿勢のまま蹴りで迎撃するが、体勢が悪いこともあって全く効かない。それどころか、口を大きく開けて噛みつこうとしてくる。窪んだ口の奥には鋭い牙が並んでいた。

 コージが敵の背後から切りかかるが、やはり躱されてしまう。だが、この隙にフミトは体勢を立て直すことができた。


「フミト! 今のうちに体力を回復しろ!」

「あざっす!」


 瀕死というほどではなかったが、フミトの体力は半分を切っていた。危なかった。グリーンワームやアイバットの攻撃とは訳が違う。草原の主と呼ばれるに足る実力の敵だった。


「あいつ、オレの事噛もうとしてきたんで、気を付けてください」


 翔子さんは奴に片腕片脚を食い千切られたと言っていた。あの巨大な頭で繰り出す頭突きばかりに気を取られてしまうが、本当に恐ろしいのは噛みつき攻撃の方だ。じっとりと汗が滲む。


「剣技を試してみる」


 目にも止まらぬ速さで敵を斬り付ける技である瞬斬剣と、火炎を纏った剣で斬る付ける技である火炎剣。これが今コージが使える技だ。火炎剣は火炎を纏った攻撃をするだけで、斬る速度そのものは通常攻撃と同じだ。それでは敵に避けられてしまう。それならば。


 ― 瞬斬剣 ―


 コージの姿が消え、一瞬にして敵との間が詰まる。勢いそのままに振った剣は、しかし致命傷にはならず、間一髪で避けた敵の頬を切り裂いただけに終わった。


『オオオ……!』


 怒りの表情になり、攻撃後の隙をついて逆にキョトーオの頭突きで反撃されてしまう。尻餅をついたコージに牙を向けた。


 ― 氷縛の矢 ―


 フミトの放った矢が、コージに噛みつこうとしていた敵の頬を掠めた。そして、掠った部分が凍り付いた。敵は大いに驚き、コージから離れた。


「くそっ、外した」

「フミト、すまん。仕留め損ねた。おかげで助かった」

「オレも同じっす。新しい技で活躍するはずだったんすけどね」

「けど、攻撃が効いてないわけじゃなさそうだ。少なくとも、当たりはした」


 敵は顔の四分の一ほどが凍り付いている。反対側の頬はコージの剣技で切り裂かれており、あれでは噛みつき攻撃どころか、まともに顔を動かすこともできないだろう。ひどい有様だが、敵は何人もの人を死に追いやり、翔子の身体と生活を奪ったのだ。同情の余地は無い。片側が凍って重心が変わったせいか、動きが鈍くなったようだ。この機を逃す手は無い。


 ― 瞬斬剣 ―

 ― 氷縛の矢 ―


 敵は大きい頭を揺らして重心移動をし、こちらの攻撃を避けていた。頭をねらえばまた避けられると考えたコージは、敵の腰を狙って剣を振るう。真っ二つにはできないが、今度は深い傷を負わせた。同時に放たれたフミトの矢は、敵の左脚の膝に当たって、脚のほとんどが凍り付いた。

 二人は勝機を見出した。それは、同時に油断でもあった。手負いの獣ほど恐ろしい存在はないのだ。


『オオオオオオ!』


 咆哮を上げたかと思うと、ずっとぴったりとくっつけた両腕を振り上げ、自分の顔を殴った。顔の氷を砕き、自由になった顔は憎しみと怒りに歪む。手負いの身体で、敵が跳んだ。歩くでも走るでもなく、跳んだ。


「なに!?」

「うわ!?」


 近くにいるコージではなく、距離のあるフミトに向かって跳躍したのだ。鬼の形相のままフミトに飛び掛かり、両腕を押さえつけた。そして、腕に噛みついた。


「ぎゃあー!」


 フミトから食い千切った肉をむしゃむしゃと食っている。口から肉片と血が垂れている。フミトは脚をばたつかせて抵抗するが、敵は全く意に介さない。


「あ……あ……」


 フミトの抵抗が弱っていく。駆けつけたコージがキョトーオを後ろから突き刺す。


『オオオオオオ!』


 攻撃を避けもせず、その身に受けた敵は、またしても咆哮をあげた。だが、フミトからどくことはせず、それどころかまた腕に噛みついて肉を食らった。


「くそっ! フミト!!」


― 火炎剣 ―


 さらに噛みつこうとした敵を炎の刃が貫く。後頭部を通って右目から切っ先が飛び出す形で、巨大な頭を貫通した。そして、燃えた。


『オ……オオ……オオオ!』


 剣を抜いて、のたうち回る敵を蹴り飛ばし、フミトを救出する。意識はあるが、顔面蒼白だ。


「申し訳ないっす……」

「しっかりするんだ! いま、回復薬を……」


 そう言って、気付いた。持っていた回復薬は、どちらも既に使い切ってしまっていた。回復手段が無い。


「ま、だ……終わってねーっすよ」


 立膝になったフミトは、食われた腕で弓を張り、敵に狙いを付けた。


「お返しだ、くそったれ!」


 フミトもまた、手負いの獣だった。殺気を込めて放った弓は、燃える敵の額に刺さった。キョトーオはでたらめに振っていた腕をだらんとさげ、出会った時と同じ気を付けの姿勢になったかと思うと、くずおれていった。そして、焦げ跡を残し、消えて行った。「戦闘に勝利した」のガイドが流れ、取得アイテムがフミトのアームヘルパーに吸い込まれていった。

 二人は、ついに草原の主キョトーオを倒した。


「カタキ、とったぞ」


 そう呟いた直後、フミトはパタリを倒れた。


「フミト!」


 服が真っ赤に染まり、出血がひどいのが一目瞭然で分かる。口元に手を当てると、呼吸をしていない。


「お、おい……。冗談やめろよ」


 いくら揺すっても、返事は無い。


「起きろって……」


 景色が滲んでいく。これまで見せてきたフミトの顔が浮かぶ。屯所で飯を食っている顔。又五郎に絡まれて、迷惑そうにしながらも、どことなく嬉しそうな顔。敵を倒してガッツポーズしている顔。なんで、こんな時に思い出してしまうのか。そのフミトは今、コージの腕の中で、動かない。


「フミトーーーー!!」

「……ぷはっ」


 息が漏れた。フミトが荒い呼吸をしている。これは、息を吹き返したというより、ずっと息を止めていたが我慢しきれずに息を吸ってしまった感じの呼吸の仕方だ。フミトは小刻みに震えている。というか、笑ってやがる。


「あははは!」

「は? お前……?」

「レベルが上がって全快したんで、何ともないっす! 心配してくれて嬉しいなあ。コージさんビビりました? あははは」


 横になったまま腹を抱えているフミトを、タコ殴りしておいた。冗談にしても最悪すぎる。どれだけ心配したと思っているんだ。本気で心配した分、悪戯だと分かったあとの感情の反転で、その怒りたるやすさまじかった。


「もう知らん」

「そんな怒んないでくださいってば~。レベルが上がると全快するって知ってると思ってたんすよ~」

「そういう問題じゃないだろ」

「死にかけたのはホントなんすから、もう少し労わってくださいよ~」

「悪ふざけする元気があるなら平気だろ」

「コージさんみたいに心配してくれる人なんていなかったから、つい構ってほしくなっちゃうんすよ~。オレ親も兄弟もいないし」

「は……?」


 唐突な発言で、コージの怒りはどこかへ行ってしまった。


「捨て子だったみたいで、施設で育ったんすよ。だから、親の顔も知らないし、兄弟がいるのかどうかも分かんないんす。学校で知り合った奴らは、たぶんそいつらの親のせいっすけど、腫れ物に触るような扱いしてくるから、友達になんてなれなかった。だから、ネットにしか知り合いがいなかったんす」


 ルナで遊ぶようになり、サチコの勧めでアーチャーになり、NPCの又五郎に子供のように可愛がられた。妙にリアルなこの世界で、又五郎は仮想父親のような存在だった。それでも、現実にはいない、あくまでも仮想世界でのキャラクターだ。フミトの孤独は半分しか癒されなかった。

 だが、フミトはコージと出会った。NPCではない、現実の世界に存在する人間と。


「コージさん、オレの分まで薬買ってくれたり、役立たずなオレを必要としてくれたりしたんで、それがマジで嬉しくて。心配なんてしてくれる人いなかったから」

「……そっか」

「でも、悪ふざけが過ぎました。すんません」

「……次はやめろよ、あんなこと。こっちの心臓が持たない」

「……うっす! へへ」


 フミトは照れ臭そうに頬を掻いた。

 コージはフミトの孤独が分かる気がした。捨て子ではないが、社会人になってからは都合よく扱われるだけの便利屋だった。会社への帰属意識など持てるはずもなく、社内では常に孤独だった。かつて友人だった面々も、ある者は家庭を持ったために、そしてある者は理由もなく去っていった。誰からも理解されないという感情がいつもあった。

 境遇こそ違えど、二人は孤独だった。そんな二人が、今はパーティを組み、相棒と呼べる存在になっていた。負と負を掛ければ正になるように、二人が揃えば前向きになれた。ただ、本音の伝え方が不器用なだけなのだ。

 それぞれのプロフィールを見ると、ともにレベルが上がり、称号が変わった。


名前――コージ

称号――仲間思いの戦士

職業――戦士

所持金――¥40,050

Lv――14

経験値――22,120

体力――245/245

ステータス――正常


名前――フミト

称号――仲間思いの弓師

職業――アーチャー

所持金――¥19,500

Lv――14

経験値――24,900

体力――180/180

ステータス――正常


 言葉は下手でも。素直な気持ちを伝えることが不得手でも。伝えられた言葉すら、どこか素直に受け取ることができなくても。それぞれを思いやることはできる。二人は互いを思っている。称号が、はっきりと二人の思いを表してくれていた。


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