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メタバース・プリズン  作者: 篠塚しおん
はじめてのボス戦
37/68

はじめてのボス戦 -5-

『ぼぼぼ』


 くぐもった音を発する敵は「ヘドローパー」という名で、赤くドロドロとした粘液状の塊から頭部と触手が飛び出たような姿をしていた。


「うげ! 気持ちわるっ!!」


 湖の比ではないほどの化学物質の刺激臭に、意識が飛びそうになる。何とか距離を取ったが、それでも悪臭は鼻の奥を突いてくるようだ。動くヘドロといった様相のその敵は、その赤い身体をもぞもぞと動かしている。


『ぼぼぼ……べっ』


 口をモゴモゴしたかと思うと、こちらに向かって何か吐き出してきた。回避が間に合わず、コージは腕で顔を庇った。装備が黒ずみ、強烈な異臭を放つ。あまりの気持ち悪さとニオイに、胃の中がひっくり返りそうになる。


「うっ……」


 コージは立っていられずに膝をついた。吐き気だけでなく、体中が異様に熱く、さらには視界が滲みだしてきたのだ。


「はあ……はあ……」

「コージさん!? どうしたんすか!?」


 動きを止めたコージに、のそりのそりと敵が近寄ってくる。フミトは阻止しようと矢を放つが、ヘドロ状の身体の相手には石に灸だった。コージも何とか戦おうとするが、身体が思う様に動かない。それどころか、呼吸すらうまくできず、会話もできない。


「避魔の矢!」


 フミトが結界を張った。ヘドローパーは中には侵入できないようで、触手を伸ばして結界に触れるが、バチバチと音が鳴って触手の先が溶け落ちて行った。その隙に、フミトはコージを抱き起こす。いつの間にか、完全に地に伏してしまっていたのだ。


「コージさん! しっかり! どうしたんすか?」

「ぐ……あ……」


 言葉にならない。息が苦しい。コージ自身も、自分がどうなってしまったのか、何が起きているのか理解できなかった。唯一理解できたのは、ここままだと死ぬということだった。フミトは「もしかして……」とアームヘルパーを慌てて操作してみると。



名前――コージ

称号――正義の戦士

職業――戦士

所持金――¥25,940

Lv――11

経験値――13,280

体力――35/176

ステータス――毒



 コージのステータスが異常状態であることを示していた。敵が放ったヘドロ攻撃には毒が含まれており、その毒によってステータス異常になってしまっていたのだった。体力も五分の一を切ってしまっている。


「やっぱり……。毒消し薬!」


 フミトは毒消し薬を呼び出し、コージに飲ませた。すると、ステータスが「正常」に戻り、コージの意識もはっきりしてきた。


「悪い……。手間をかけた」

「そんなことはいいっす! 早く回復してください! アイテム持ってましたよね?」

「ああ……。回復薬二つ!」


 コージは持っていた回復薬を全て呼び出して、体力を135に回復する。


「迂闊だった。ステータス異常になったのは初めてだ……かなり、きつい」

「すげえ熱で、息が荒くて、マジ心配しましたよ。助かってよかった」

「お陰で助かった。ありがとう」

「礼には及ばないっす。でも、どうしましょう? あいつ、まだいます」


 ヘドローパーは結界の周りをぐるぐると回って、どこかに侵入できる隙間がないか探っているようだった。


「この結界、オレが解除するまでずっと張っていられるわけじゃなくて、その内に勝手に解除されるんす。早めにどうにか考えないとヤバいっす」


 猶予は無いということだ。敵の身体はヘドロみたいだから、切ったり貫いたりという攻撃は通用しないだろう。魔法の矢なら多少はマシだろうが、電気をまとった矢を放つ攻撃であることを考慮すると、ヘドロの敵とは相性が良くなさそうだ。何かないか。打開策がないかアームヘルパーを触って探っていると、ひとつ変更点を見つけた。もしかしたら、これなら。

 コージは立ち上がり、ルミナティソードを呼び出した。


「フミト。これから俺が攻撃を仕掛けるから、タイミングを合わせて結界を解いてくれ」

「……了解っす」


 コージは結界の端のギリギリに立ち、剣を構えた。敵は結界の傍を移動している。コージの目の前に来て、触手を伸ばして結界に弾かれた。


「今だ!」

「解除!!」


 結界が解除されると同時に、コージは敵に切りかかった。敵にとっては何も無いところから突然コージが現れた形になり、反応が遅れた。コージは頭に浮かんだ技を敵にぶつける。


 ― 火炎剣 ―


 ルミナティソードが炎を纏い、その熱と共に斬撃を与える。炎が敵を包み、その熱が敵の水分を蒸発させ、粘液状だった身体がほぼ固体になった。


「はあっ!」


 動きが止まった敵に追い打ちをかける。敵の頭から真っ二つにしてやった。敵は消えていき、「戦闘に勝利した!」のガイドが流れた。


「っしゃあ!」


 フミトが歓喜の声を上げた。「コージはサンプルヘドロを手に入れた!」という表示が出た後、コージのアームヘルパーにドロップアイテムが吸い込まれていった。


「危機一髪だったな……。フミトがいてくれなかったら、どうなったことか」

「お互い様っす! オレ一人いても、あいつを倒せなかったっすもん」

「またアイテムが俺のになっちゃったんだが……」

「いいっすよ! パーティなんだし、誰が持ってるかの違いっしょ! というか、今のアイテムは何か持ちたくないし」


 手に入れた本人を目の前に何と言うことを。俺だって持ちたくないわ、と言ってやりたかったコージだったが、それよりも服に着いたヘドロの臭いがきつくて息を止めたため、思っただけになった。コテツからの餞別で装備は二着貰っていたので、大急ぎで代えのものに着替える。


「それにしても、さっきの技、すごかったっすね!」

「何か有効打が無いかを結界の中で確認していたら、今の技を覚えていたんだ」

「土壇場で何とかしちゃうコージさんはすげーっすね! 身体は大丈夫っすか? 前にオレに買ってくれた回復薬使います? 全快はしてなかったでしょ?」

「ああ、確か七割か八割くらいの体力だったはず……」


 フミトは自分が持っていた回復薬を取り出し、コージに勧めた。しかし、コージは受け取らずに自分のプロフィールを不思議そうに眺めている。


「どうかしました?」

「満タンなんだ」

「満タン? 何がっすか?」

「体力。さっきは間違いなく満タンじゃなかったんだ。今見たら、全回復してる」

「え? マジっすか!? ……本当だ」


 フミトもコージのプロフィールを覗いてみたところ、確かに満タンになっていた。戦士のコージに回復スキルなどないし、どうしてかと唸っていたが。


「コージさん」


 呆れた様子のフミトが、自分のパネルを見せてきた。


「……コージさんの持ってるルミナティソードに超便利なスキル付いてるじゃないっすか」



――――――――――――――――――――

ルミナティソード

スキル:アブソープション

倒した敵の体力を吸収する

――――――――――――――――――――



「本当だな……。そう言えば、萬屋のコテツさんが、倒した相手の体力を吸い取るとか言ってたような気が……」


 あの時は剣を受け取る代償の方に気が行ってしまって、細かい説明は頭の外だった。


「コージさん、自分の武器の説明を見たことは?」

「無い……」

「ある意味、尊敬します……」


 そんなに残念そうにしないでくれ。こんな最先端の技術にはオッサンは簡単に付いていけないんだ。セレーナも説明してくれたら良かったのに……と他責思考になってしまったので、コージはイカンイカンと首を振った。


「今後はちゃんと確認します……」

「何はともあれ、体力満タンで良かったっす。あー、コージさん死んじゃうかと思ってビビったあ~」

「俺もだ。フミトのお陰で助かった。ステータス異常は気を付けないと」

「街に戻ったら、買い込んでおかないと」

「薬屋に行ったらドン引きすると思うけど、気にするなよ」

「?」

「あと、薬を買うならお菓子は控えめに」

「毒を消せるお菓子ないっすかね」

「子供か」


 こんな会話ができるのも、フミトのサポートがあったからこそだ。コージは態度と言葉で礼を伝えた。できれば伝わってほしい。二人は採取の続きを行った。最後までニオイに慣れることは無かったが、十ヵ所からの採取が完了した。あとは水質研究所に持っていくだけだ。


「それじゃ、早く草原に戻ろう。ここにはもう居たくない」

「超賛成っす」


 ほとんど走るくらいの速度で、アラハド草原まで戻った。悪臭の根源からは遠ざかったはずだが、何となくまだクサイ臭いがする気がした。コージが子供の頃、父親が出てきたばかりのトイレに、姉が用量オーバーだろうというくらいに消臭剤を撒いていたのを、ふと思い出した。思い出して、なんだか悲しくなった。


「コージさんどうかしました? 思春期の娘から”お父さんの服と一緒に洗濯しないで!”って言われた父親みたいな顔っすよ」

「まさにその顔してるところだから、できれば察してくれ」


 勘が良いのにデリカシーがないというのは厄介だ。お前もあと十年もすれば嫌でも分かることになるさ。


「それより、また慎重に進もう。敵が出るかは分からないけど」

「もしものときは結界張るんで、任せてくださいっす! あ、あと、オレもレベルアップして違う技を覚えてたんで、ようやく戦闘でも役に立ちそうっすよ!」

「新しいスキルか? どういうやつなんだ?」

「ふっふーん。後のお楽しみっす!」

「お楽しみって……」

「どっちみち戦闘にならないと使えない技っすし、今ここで見せらんないんすよ。かっこいい技ってことだけ言っときます!」


 そう言って明るい笑顔を見せてくる。全力でゲームを楽しんでる子供みたいだ。そこが良いところであり、コージが羨ましく思うところでもあった。

 ザコ敵との戦闘をこなしながら草原を進んでいるが、一向に主が出てくる気配はなく、だんだんと陽が傾いてきた。点在する腰の丈ほどの高さの草が、さわさわと風に揺れる。緑の波が目の前で起きては、遠ざかる。草陰から時折飛び出してくるマンドラゴラのうるさい奇声を、切り伏せて黙らせる。貴重なマンドラゴラの根が入手できたので、後で薬屋に届けてやろう。


「今回は出て来ないのかもしれないな」

「あ、フラグ立った」

「フラグって……」

「こりゃ気を付けないと」

「茶化すなって」


 大げさなくらいに注意して歩いていたが、残念ながら主は現れなかった。フラグは立っていなかったようだ。フミトが「ちぇー」と口を尖らせている。


「必ずしも主が出てくるわけじゃないって言ってたし、今回は街に戻ろう。街で食料を充分に補給してから、また来よう。……食料というのはお菓子のことじゃないからな」

「な、なんも言ってないじゃないっすか。条件がハッキリしないのが悩ましいっすよね。その内、レベルが上がりすぎちまいそうだ」


 街の外を出歩いていれば、草原の主には巡り会わずともザコ敵とは遭遇する。ゲームとは異なり、逃げても追いかけてくるので、必ずしも戦闘を避けられるわけではない。戦って倒してしまった方が手っ取り早いのだ。だが、ザコ敵とは言え経験値は溜まっていくので、あまり戦闘しすぎるとレベルアップしてしまい、フミトが言った通り主が出てくるレベルの条件を満たさなくなってしまう。


「せめて帰りくらいは戦闘を避けるか……」


 コージは「空の守り」を取り出した。


「何すか、それ?」

「薬屋で買ったアイテムだよ。何でも、街までひと飛びで連れてってくれるらしい」

「へー! コーディネイトの呪文みたいっすね!」

「俺は使えないけどな」

「もういい加減に引き摺らないでくださいって」

「悪い悪い。じゃあ、街まで戻――」


 コージは言葉を強制終了させられた。突然、草むらから何かが飛び出し、コージの脇腹に体当たりしてきたのだ。身体は飛ばされ、ぐっと息が詰まったが、何とか体制を整えた。そして――



――――――――――――――――――――

※注意※ 草原の主キョトーオが現れた!

――――――――――――――――――――


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