挑戦!戦闘クエスト -2-
いつものように、空に矢印が表示された。矢印の場所は北の方角だ。かなり遠い。街の端ではないだろうか。
三十分ほどになるだろうか、歩き続けるもまだ辿り着かない。掲示板にいた頃は草花がようやく目を覚ましたころだったのに、今は太陽がてっぺんに昇ってしまっている。頭から背中から汗だくだ。ルナが自分の住んでいる街を忠実に再現してくれたのが、今はマイナスに働いている。普通なら車や電車で向かう距離を歩いているのだ。コージの横を車が走り去って、風をぶつけてくる。そこで、気づいた。
「電車……?」
そう、電車が走っていないのだ。コージの自宅から徒歩圏内に最寄り駅があり、毎日それなりの本数が走っている。現実世界なら、電車の走る音や踏切の警報音が聞こえてくるはずだ。それが、ルナの中では全然聞こえてこない。現実との見分けがつかなくなるくらいにそっくりな世界を提供しておきながら、なぜか電車が走っている気配はなかった。騒音がストレスになる場合もあるから、あえて消したのだろうか。
少し考えて、すぐやめた。目下の問題は、目的地が遠いのに移動手段がないことだ。歩いていたら日が暮れてクエストどころではない。メタバースの中でまで野宿なんてごめんだ。
さすがに疲れて、バス停のベンチに腰かけた。いくら拭っても額を伝う汗が止まらない。喉も乾いた。すぐ近くに自販機を見つけ、さらに乾きが加速した。どうにか購入できないかと自販機を見てみると、ICカードをタッチできるような場所があり、「アームヘルパーを近づけてください」とメッセージが表示されていた。まさかと思ってアームヘルパーを近づけると、ピッという音が鳴り、飲み物の価格表示が点灯した。150円のスポーツドリンクのボタンを押すと、ガシャン、とペットボトルが落ちてきた。コージはスポーツドリンクを手に入れた。
喉を潤したときの乾いた身体に冷たい水分が染み渡る感覚は、紛れもない本物だ。ルナの中で栄養を摂ったところで本物の身体にとっては肥やしにならないが、今この瞬間の気分の良さを150円で得られるなら安い対価だ。
充分な休息を取って、そろそろ移動しようかと思った時だった。一台のバスが停まってドアが開いた。コージは気まずくなって立ち去ろうとしたが、バスの行先は「北出口」となっている。NPC以外が乗っていいのか分からなかったが、方向は一緒のようだし、思い切ってバスに乗ってみた。
『お客様、乗車される場合はアームヘルパーをカードリーダーにタッチしてください』
車掌から注意された。中を確認すると、交通系ICカードをタッチするようなカードリーダーが乗り口近くに取り付けられており、そこにアームヘルパーを近づけるとピッという電子音が鳴った。自販機もそうだったが、ルナではアームヘルパーがICカード代わりになってサービスを受けられるようだ。
快適なバス旅だったが、違和感があった。窓の外が全く見えないのだ。まるで窓が全てデジタルサイネージで、真っ白な画面を映し続けているようだった。二十分ほど走ったところで、終点の「北出口」に到着した。
そこは荒野だった。乾いた地面に僅かばかりの枯草が点在する中に、不釣り合いなバス停。少し先には木製の高いフェンスが、左を見ても右を見ても終わりが見えないくらいにずっと続いている。フェンスに一カ所だけ、開閉できそうな扉があった。とんでもないところに来てしまった。現実世界でこんな場所は見たことが無い。怖くなったコージは引き返そうと振り返ったが、無情にもバスはコージを残して去って行ってしまった。
「どうしよう……」
コージのつぶやきに応えてくれる者はいない。こんな場所に連れてこられるくらいなら、バスなんて乗るんじゃなかった。激しく後悔し項垂れるコージだったが、視界にガイドが表示されていることに気づく。「自警団の詰所に行こう」。メインクエストのガイドだった。見上げると、目的地を示す矢印は近くにあった。足早に向かった先、矢印の下は、昔の木造校舎のような建物。入り口には、「自警団北屯所」と書かれた看板が掛けられていた。ここが目的地だったようだ。
こんなクエストなんて受けずに、無難に手助けクエストをこなせば良かったかもしれない。そんな後悔の念が過ったが、後の祭りだ。荒野に立っているよりはマシだと思い、意を決して詰所の扉を叩いた。
『誰だ?』
扉の向こうから、低く芯のある低音が返ってきた。威圧されているわけではないのに、体の芯から緊張が沸き起こるような感覚を覚えた。
「クリーチャー退治の依頼を受けた者です」
コージが返事をして間もなくガラリと戸が開けられ、戦国時代の武士のような大鎧を身に付けた、坊主頭で眼光鋭い大男がのそりと出てきた。コージの身長は一般男性の平均身長程度と、別に短躯というわけではないのに、見上げなければ目が合わないほどの巨躯だった。
『掲示板を見て来てくれたのだな? このような僻地まで足を運んでいただいてかたじけない。立ち話もなんだ、中に入ってくれ』
コージは男の案内に従い、建物へと足を踏み入れた。玄関を通った先は広めの待機所のようになっていて、大男より軽装だが武士の格好をした男たちが談笑していた。全員土足で傍らに武器を持っている。
『申し訳ないが、ここからは履物を脱いでくれ』
入口と反対側には縁台が置かれていて、そこで靴を脱いでし室内に上がるように指示された。昔の学校のような外観ではあるものの、別に勉強机が並ぶ教室が続くわけではなく、大部屋がいくつかあるだけだった。階段を上る。二階は一階と異なり小部屋が並んでいた。その中の一室に通され、お互い座布団に座って向き合った。
『申し遅れた。私は副団長の一翼を任されている平八と申す。まず、此度の依頼を引き受けてくれたこと、感謝する。団長は多忙ゆえ、不肖ながら私から依頼について説明させていただきたい』




