前世の記憶
「醜いゴミ。なんで。なんであんたみたいなゴミが──……」
どうして。なんで。
なんで私は今、玄関に続く廊下で、赤黒く染った刃先を顔に向けられているの────
※※
目に前に包丁の先、体の上にはボロボロの服を着たお母さん。
どうして、どうして。なんで私はお母さんに廊下で覆いかぶされてるの? 痛い、怖い。でも、声を出すともっと酷いことをされる。
我慢するしかない。我慢して、耐えるしかない。いつものように、耐えれば終わる。終わる、はずなんだ。
周りは、ビールの缶やお弁当の容器が散乱しているから逃げられない。臭くて頭がくらくらする。
「貴方さえ居なければ、貴方さえ……」
ぶつぶつと、何かを言っている。さっきから殴られたり、体のいたるところを切りつけられたりされているから、耳とか聞こえにくい。
あれ、目の前にいるはずのお母さんの顔がゆがんできた。よく見えない。
「貴方さえ……、なんで貴方が私の子なのよ。ふざけるんじゃないわよ。なんで、私は辛い思いしてまで貴方を産まなければならなかったの!? どうして私の子はこんなに醜いの。その赤い目で私を見ないで、そんな汚い声で私を呼ばないで、貴方は全てが汚らしい。醜い。醜いの。こんな子、産まなければよかった」
っ、え、待って?! い、いやだ。ぼやけている視界でもわかるよ。やめて!! 包丁を振りかぶらないで!!
「いっ!!」
右腕……。刺された!? い、痛い痛い!! お願いします。なんでもするから!! もう、刺さないで!!
「いらないいらないいらないいらないイラナイイラナイイラナイイラナイイラナイ……………」
「痛い!! 痛いよ! やめて!!」
体のいたるところを次々刺される。腕、お腹、足。どんどん変わる。
やだ、やだ!! もうやめて! もう刺さないで!!
痛い、つらい、悲しい。
どうして。なんで?! 私がなんでこんな思いをしないといけないの。ただ、ここにいるだけなのに。ただ、生まれてきただけなのに。
耳に聞こえるグチャッ……ベチャッ……という音。赤く広がる世界。
痛みや出血でだんだんゆがんだ世界が白くなっていく。
辛い、痛い、悲しい、いやだ。
どうして。なんで、私がこんな目に遭わないといけないの。わかんないわかんない。
私はただ、産まれてきただけなのに。望んでここに来たわけじゃないのに。
勝手に産んだのは、この人なのに──
「ゆる、さない」
ゆ る さ な い
こ ろ し て や る
お ま え も し ね
睨むことしかできない。もっとこの体が動けば。もっと、体が大きければ。もっと、力があれば。この女を道ずれにできるのに。この苦しみを、痛みを。味合わせてやれるのに。
死を待つだけ。もう、何も出来ない。体も動かない。目の前が真っ白だ。
許せない許せない許せないゆるせないゆるせないゆるせないゆるせないユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイ。
コ ロ シ テ ヤ ル
痛みでなのか分からない。でも、頬に何かが流れている。それが、血なのか、涙なのか分からない。いや、どうでもいい。もう、どうでもいい。
この女を殺すことができれば、どうでもいい。
誰でもいい。この女を――いや。私に、この女を殺す力を――……
【ほぅ。お前の恨み、実に面白い。よかろう、お主の恨みを晴らしてやる。今すぐ、我々の住む世界へ】
意味、わかんない。でも、なんでもいい。なんでもいいよ。お願い。私のこの恨みを、どうにかしてください――……
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