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99. 好きな男の釣り上げ方

「……クロード? クロードったら」


 私を呼ぶリリアナ様の声で我に返る。


「どうしたの? ずっとぼんやりしていたけど」

「……あ、いえ、何でもありません。ちょっと考え事をしていただけで」


 心配そうに私の顔を覗き込むリリアナ様を見て、自分が迂闊にもレオン様のことで頭が一杯だったことに気づき、これ以上余計な気を遣わせないようにしなければと、私は改めて気を引き締めた。


 いくらリリアナ様の中にレオン様が眠っているとはいえ、リリアナ様はレオン様とは違うのだ。

 リリアナ様にとって私はただの護衛。

 己の立場をわきまえねばならない。

 レオン様の時とは違う。


 今はただ、とにかく無事にリリアナ様を屋敷に連れ帰ることだけを考えよう。



「リリアナ様、もうすぐ領境に着くはずです。そこを越えたらすぐに馬車を手配しますので、もう少し頑張ってください」

「私は平気よ。こんな風にクロードと並んで歩けるなんて夢のようだわ。このまま屋敷まで歩いて帰っても良いわよ」

「……いや、それはさすがに無理です」


 うふふっと楽しそうに笑うリリアナ様に、まさか本気じゃないですよねと尋ねようとした時だった。


 えらく場違いな豪奢な馬車が、私とリリアナ様の前に停まった。


 領境の方から馬車が来たということは、もう封鎖が解除されているらしい。

 それにしても、疫病が収まり領境が開かれたとはいえ、こんな所にこんな派手な馬車で訪れるとは。

 どんな金持ち貴族が乗っているのか、その顔が見てみたい。



「ほら! やっぱり、リリアナだ!」


 ドアを開けて馬車から降りてきたのは、エリオット王子だった。

 その後から、王子付きのオリヴィエ様も降りてきた。



 ……だが、私の記憶の中の二人とは、少し印象が違うような?


 エリオット王子は、こんなにぽちゃぽちゃしていただろうか。

 こんなに頬がまん丸く、鼻やら額やら顔中がテカっていただろうか。


 そういえば、後ろにいるオリヴィエ様も。

 ただ馬車から降りてきただけで、こんなに多量の汗をかくような方だっただろうか。


 私の視線に気づいたらしいエリオット王子が恥ずかしそうに笑いながら言う。


「分かるか? 実は、だいぶ太ってしまってね」


 ぱんぱんに膨れて、ボタンが今にも弾け飛びそうなお腹を叩きながらエリオット王子はオリヴィエ様と顔を見合わせていた。

 オリヴィエ様も困ったような顔をして笑っている。


「まあ、これも可愛い妹の為と思えば仕方ないさ」


 ……妹? ラリサ王女のことだろうか?


「どうやら、ラリサに好きな男が出来たらしいんだ」


 エリオット王子が楽しそうに話し始めたその話題に、私は一人ドキリとしていた。

 ……ラリサ王女が好きな男とは、レオン様の事だ。


「ラリサが言うには、とにかく言葉に出来ないほど美しい男らしいんだ。それで、何処にいても何をしていても一際目を引くというその男が、豚の丸焼きに目が無いらしくてね。確か、一人で一日一頭食べるとか言っていたな」


 ……間違いない。レオン様だ。

 だが、それとエリオット王子とオリヴィエ様が太ったことに、どんな関係があるのだろう?


「ラリサは、その自分の好きな男に自分の作った豚の丸焼きを食べてもらいたいのだそうだ」



 ……はい?



「自分の作った豚の丸焼きを、美味しいと言って食べるその男の顔が見たいのだそうだ」



 …………



「毎日毎日、城の中庭で豚の丸焼きを作っているのだよ。あのラリサが! いじらしいと思うだろう? 可愛らしいと思うだろう? 愛する妹がこんなに頑張っているのを、兄として何か手伝えないかと考えた結果が、この体だ」

「私も殿下にお付き合いした結果が、この体です」


 日が当たってテカテカと輝く顔を二つ並べて、エリオット王子とオリヴィエ様が誇らしげに立っていた。


 ……ラリサ王女がレオン様の為に、大好物の豚の丸焼きを作るとは。

 何処かで聞いたような話だと思ったら、私じゃないか。


 そういえば私も、レオン様に会いたくて、出てきて欲しくて、朝早くから豚の丸焼きを作ったことがあったな。


 レオン様を好きな者は、皆、豚の丸焼きを作るのだろうか。

 ……まあ確かに、ほいほい釣られてくれそうだものな、レオン様は。

 こんなことを言ったら怒られるだろうか。


 つい思い出し笑いが零れてしまう私だった。

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