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98. あなたを探して

 レオン様は、オーランド領内で猛威を振るった疫病を鎮静化させ、毎日町を歩いて領民の様子を見て回っていた。

 領民達からも一目置かれて、あれほど目立っていたレオン様の姿が消え、代わりにリリアナ様が現れた。

 それを、もしかしたら不審に思う者が出てくるかもしれない。

 なるべく人目につかないように、少しでも早くオーランド領を出なければならない。

 キアラやクルトは別れを惜しんでくれたが、これ以上の長居は危険だ。


 二人に別れを告げて、朝早いうちにリリアナ様と宿を後にした。



 今日にも領境の封鎖が解除されるはずだが、まだだいぶ早い時間だからか馬繋場に馬車がおらず、仕方なく領境まで歩いて行くことにした。

 領境を出たら、馬車も捕まえられるだろう。


「リリアナ様、しばらく歩きますが、足は大丈夫ですか? 辛いようなら、宜しければ私が抱えて歩きましょうか?」


 横を歩くリリアナ様に声を掛ける。


 リリアナ様に会うのは久しぶりだ。

 いつも隣を歩いていたのはレオン様だったので、何やら不思議な感じがする。


 レオン様とリリアナ様は同じくらいの背丈だが、踵の高い靴を履いている分、少しだけリリアナ様の方が顔が近い。


「いいえ、大丈夫よ。久しぶりに新鮮な空気を吸ったように感じて、とっても気分が良いの」


 ……それはまあ、一ヶ月程眠っていましたからね。


 リリアナ様は無邪気に笑いながら、興味深そうに辺りを見回しながら歩いている。


「それに、ここはアシュランお祖父様が治めてらした土地でしょう。来るのを楽しみにしていたのよ。もう帰らなければならないなんて、残念だわ。マリアにも色々話してあげたかったのに……」


 オーランド領には結局一ヶ月程滞在したのだが、ずっと表に現れていたのはレオン様で、眠り続けていたリリアナ様にはその間の意識が無く、「来たばかりなのに、もう帰らなければならないのか」と残念そうだった。


 だが、あれだけレオン様が目立ってしまった以上、同じ顔でグランブルグ家令嬢のリリアナ様がここにいつまでもいるのは危うい。


 それに、これだけ長く連絡も出来ずにいたのだ。

 旦那様と奥様が、どれほど心配されていることだろう。

 それを思うと、一刻も早く屋敷へ帰らなければ。


「……一度屋敷に帰って、落ち着いてから旦那様にお願いして、また来ては如何ですか?」


 軽く唇を尖らせていたリリアナ様は、私の言葉にぱあっと顔を輝かせた。


 ……ああ、この顔。……レオン様と同じだ。


「そうね。そうするわ。……その時は、クロードも一緒に来てくれるでしょう?」

「もちろんです」


 ……私は、どこまでもレオン様について行くと決めたのだ。

 どんな時も決して側を離れないと誓った。

 例え、その意識は眠ったままでも、レオン様はリリアナ様の中にいる。

 リリアナ様の側を離れる訳にはいかない。


 

 しばらく歩き続けて、川沿いの道に来た。


 ここは初めてオーランド領に来た日に、確か白い花が咲き乱れていた道だ。

 道の両側の木に咲いた白い花が、風で花吹雪のように舞っていた。

 その中を、レオン様がまるで踊るようにくるくると楽しそうに回っていた。


 そして、もう我慢の限界だと言って自ら川の中に入っていったのだ。

 私まで川の中に引っ張り込んで。

 二人で川の中に倒れたまま重ねた唇の感触を、今でも覚えている。

 私の胸の上のレオン様の重みも、はっきりと覚えているのに。


 レオン様はもはやここにはおらず、白い花もいつのまにか咲き終わり、今は緑の葉が茂って、あの日の面影は無くなっていた。


「……確か、白い花が咲いていたような気がするけど、気のせいかしら?」


 リリアナ様が不思議そうに、葉が生い茂って以前とは様子が違っている並木道を見上げている。


 ……あれから、もう一ヶ月も経ったのだ。


 あれほど咲き誇って美しかった花が終わり、緑の葉が茂るまでの間、そんなにも長くレオン様と一緒に居られたのかと、その一緒に居られた時がどれほど幸せだったか、今更ながら私は噛み締めていた。



 いつまでも待つと決めたのに。


 もうあなたが恋しい。




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