97. いつまでもあなたを待つ
そうして、レオン様は再び眠りについた。
次にレオン様に会えるのはいつになるのか、想像もつかない。
だが、私の心は以前とは違い、とても穏やかだった。
十年前に私がレオン様とは知らずにキスしてしまったせいで、その後、長く眠り続けたレオン様は、結果としてすべてを失ってしまった。
そのまま過ごしていれば手にしていたはずの伯爵家子息としての将来も、受けるはずだった両親からの愛情も、祖父君アシュラン様が残した侯爵位も領地も。
レオン様が眠っていた十年の間に、グランブルグ伯爵家の御子はリリアナ様だと周知されてしまっていた。
王族ともこれ程深く関わってしまった今になって、実は男の子でしたなどと言えるはずもない。
自分がレオン様にしてしまったことへの悔恨の念に堪えられずに、逃げ出しかけた私を救ってくれたのは、「その出来事があったからこそ、今レオンと一緒にいられるのだ」という奥様の言葉だった。
名門伯爵家令息のレオン様と平民の私では身分が違い過ぎる。
本来ならば、側に近寄ることすら許されない。
奥様の言葉によって、改めて思い知らされた身分の差に怯みながらも、そして、己がしてしまったことへの自責の念を抱きながらも、それでも私はレオン様に会いたかった。
もう一度会いたくて、手を尽くしても上手くいかずに打ちのめされて、それでも会いたくてもがいていたあの時。
今はもう、会えない寂しさや辛さ、色んなものに振り回されていたあの時とは違う。
ここオーランド領に来て、私はやっと自分の気持ちに気づけた。
レオン様とここで過ごした日々。
私の過ちも弱さもすべて受け入れて、それでも側にいろと一生離さないと言ってくれたレオン様。
レオン様のあの甘い囁きも眼差しも、嬉しそうな顔も恥ずかしそうな顔も、すべて覚えている。
私に向けられる溢れんばかりの愛情を思い出すと、今も胸が温かくなる。
寂しい気持ちはあるが、この温もりを胸に抱いて、前を向いていける。
レオン様は、私が自分の気持ちに気づくまで待つと言ってくれた。
だから、今度は私がレオン様を待つ。
レオン様が再び現れるのを、私はいつまでも待ち続けるつもりだ。
完全に日が落ちて暗くなった道を、変化を終えたばかりで意識のないリリアナ様をマントに包んで一人歩く。
いつも、何処へ行くにも、レオン様と一緒だった。
それが、今は私一人。
どこか物寂しい気持ちを感じながら歩いて、宿へ帰る。
珍しく帰りが遅かったことを心配してくれていたらしいキアラは、私がレオン様ではなく、リリアナ様を連れ帰ったことに驚いていたが、何も聞かなかった。
キアラは、初めから私とレオン様のことを「訳あり」と感じていたようだった。
レオン様は前領主のアシュラン様に元侍女のオルガが間違えるほど似ていて、子供にしか見えないのに医者が匙を投げた疫病の対象法を知っていて、王女とも親しい。
言われてみれば、怪しいことこの上ない。
だが、キアラは自分の祖母が何十年も人に話せない秘密を抱えて苦しんでいるのを見てきた。
それ故、人には他人に話したくないことがあるのだと、敢えて触れずにいてくれているようだった。
今はそのキアラの心遣いがありがたい。
キアラにリリアナ様の着替えを頼み、その夜は私は別室で休んで、明朝このオーランド領を出ることにした。
明日には、封鎖されていた領境が開かれる。
レオン様が眠ってしまった以上、いつまでもここに長居するわけにはいかない。
オーランド領内の疫病も収まり、ラリサ王女も医師も兵も王都へ戻っていった。
もはやここを離れても問題ないだろう。
「しばらくのんびりしてくるように」と奥様は仰ってくださったが、領境が封鎖されて連絡も出来ずにいて、どれほど心配されているだろう。
なるべく早くグランブルグ伯爵家へ帰りたい。
明日の朝一でここを発つことをキアラに伝え、今夜は早めに休むことにした。




