96. 覚悟の逢瀬
……ああ、もう、降参だ。
レオン様には敵わない。お手上げだ。
私が頭の中でごちゃごちゃ考えていても、レオン様はいつもそれを無視して私の中に入り込んでくる。
最初からそうだった。
……きっと、初めて会った時から、私はこの青い瞳に捕らわれていたのだ。
「……どうしたの?」
レオン様は長い睫毛を縁取られた、澄んだ大きな瞳で私を見上げてくる。
そのあどけない顔を見ていると、胸がいっぱいになって気持ちが思わず漏れてしまいそうになる。
……もう、白状してしまおう。すべて打ち明けよう。
私は覚悟を決めてレオン様の前に跪き、きょとんと私を見ているレオン様の手を取った。
「何?」
「……これは、ご褒美ではありません」
両手で掲げたレオン様の白く華奢な手の甲に、そっと唇を当てた。
「……レオン様に、私のすべてを捧げます」
意図が上手く伝わらなかったのか、首を傾げて私を見ているレオン様を見上げて、言葉を続けた。
「私は、……レオン様が好きです」
私がそう言い終えた瞬間、レオン様が私の首に飛びついてきて、勢い余って二人共そのまま後ろに倒れた。
「……知ってるっ。僕はずっと知ってたっ」
レオン様が私の首に抱きついたまま叫ぶ。
……そうです。
気づいていなかったのは私だけで、レオン様は最初からそう言ってました。
すみません、鈍くて。
でも、やっと自覚しました。
もう、自分の想いを誤魔化すことはしない。
誰よりもあなたが大切で、誰よりもあなたが愛しい。
「……じゃあさ、自覚したら覚悟しろって言ったの、覚えてる?」
私の胸の上にいるレオン様が、上目遣いで私を見てくる。
……ああ、そういえば言ってましたね。
自分を好きだと、私が自覚するまで待つと。
そのかわり、自覚したら覚悟しろと。
レオン様の期待を込めた甘い眼差し。
……私は本当にこの目に弱いんだ……。
この目にじっと見つめられると、自分が自分では無くなってしまうから。
触れたい。
触れても、いいだろうか。
触れてしまったら、次、いつ会えるのか、分からない。
それでも、触れたい。
私は自分の胸の上に乗っているレオン様ごと、くるりと回転して、レオン様の上に覆いかぶさった。
草の上に仰向けになったレオン様の顔の横に両手を付いて、上からレオン様の顔を見つめる。
レオン様は驚いたように私を見つめ、軽く唇を開いていた。
形の良い額にかかった髪を撫でて、露わにしたその額にそっと唇をつける。
レオン様の目が大きく見開き、私を見ている。
ぽかんと口を開けて見ているのが可愛らしくて、目線を合わせて思わず微笑むと、恥ずかしそうにレオン様が赤く染めた顔を逸らした。
顔を背けたレオン様の、私の目の前にある赤く染まった頬に唇をつける。
私がレオン様の頬から唇を離すと、横目で私の様子を伺うようにレオン様がこちらに視線をやっている。
「……これが、私の覚悟です」
レオン様の頬に手を添えてこちらを向かせて、その細い顎を親指と人差し指で挟んで、閉じた唇を開かせた。
そして、その小さく柔らかな唇に、覆いかぶさるように自分の唇を重ねた。
ずっと触れたかった。
自分が感じている温かな感触に溶けてしまいそうだった。
甘く潤んだその唇に体が震える。
離れたくなくて、もっと触れていたくて、顔を傾け角度を変える。
「……ん」
重ねた唇の隙間から吐息が漏れて、レオン様の甘い息が鼻腔をくすぐる。
その濡れた唇を自分の唇で挟みながら、また顔を傾ける。
離れたくない。
髪を撫でつつ唇を重ねながら、何気なく、ふと目を開けると、ばっちりと目を見開いているレオン様と目が合った。
……ずっと目を開けていたのか……。
レオン様らしいと、思わず笑いが零れてしまい、私は頭を上げて唇を離した。
……名残惜しいが、仕方ない。
「……あ、待って」
「え?」
レオン様の顔の横に付けていた両手を放して体を起こそうとすると、レオン様の両手が下から伸びてきて私の首に巻きつき、そのまま私の体を引き寄せる。
そうして引き戻された私は、再びレオン様の顔の横に両手を付いた。
私の首に両手を絡ませたレオン様の顔がすぐ目の前にある。
私が戸惑っていると、レオン様が恥ずかしそうに顔を赤らめて、上目遣いで私を見ながら囁いた。
「……ねえ、もう一回」
ただでさえ私の心を鷲掴みにするレオン様の、こんな甘い表情に私が抗えるわけがない。
赤らんでいるレオン様の頬にそっと触れて撫でながら、顔を近づける。
「何度でも」
もうすぐ、変化が始まる。
こうしていられるのも、あと僅かな時間だけ。
次はいつ会えるのか分からない。
ずっとこうしていたい。
この腕の中に抱きしめていたい。
何処へもやりたくないのに。
残されたほんの僅かな時を惜しむように、私達は何度も唇を重ねていた。




