91. ずっとこうしていられたなら
レオン様の唇に触れたい。
しかし、触れたら変化してしまう。
でも触れたい。
いやダメだ。
私がレオン様の腰を抱き、顎を掴んで持ち上げながら、悶々と悩んでいると、その状況に飽きたのか、レオン様がふわぁっと欠伸をする。
「ねえ、まだこの姿勢を続けるの?」
ちらりと流し目で見られると、つい目が泳いでしまう。
……うぅっ、自分が情けない。
情けないが、仕方ない。
私はまだレオン様と一緒にいたいのだ。
一緒に居られる幸せを、もう少しだけ味わっていたいのだ。
未練がましくレオン様の唇を見ながらも、仕方なく、レオン様の腰を抱き寄せていた左腕の力を抜き、レオン様の顎を掴んで持ち上げていた右手を放し、密接していた体を離そうとした。
すると、レオン様がいきなり両手で私の顔を挟んだかと思うと、力強く自分の方へ引き寄せて、私の額にぶちゅうっと唇をつけた。
すぽんっという音をさせて私の額から離れた唇に、私が呆気に取られていると、そんな私をみてレオン様がにやりと笑う。
「こうするんだよ」
……くうぅっ、やられた。
笑いながら向こうへ駆けて行くレオン様に、自分のへたれっぷりをからかわれた気がして、内心、地団駄を踏みながら、前を行くレオン様を追いかける。
誰かが、水撒きをしたのだろうか。
石畳が濡れていて、気づかずにそこに足を置いたレオン様が、つるりと後ろに滑る。
「……うわっ」
「危ないっ」
後ろから追いかけていた私は、脚を滑らせたレオン様の体が後ろにのけぞるのを見て、それを受け止めようと咄嗟に自分の両手を前に差し出した。
間一髪で、何とか後ろに引っ繰り返りかけたレオン様の背中を受け止めると、私の顔の下に、体を弓なりにしているレオン様の顔がある。
もう少しで石畳に後頭部を打ち付ける所だったレオン様は、呆然として口をぽかんと開けていた。
それがとても愛らしく思えて、私はレオン様の体を支えたまま腰を屈めて、すぐ目の前にある白い額にちゅっと口づけた。
その瞬間、かっと大きく目を見開いたレオン様はがばっと体を起こし、私が口づけた額に手を当てながら、顔を真っ赤にしてふるふると震えて私を見ている。
……なんて可愛らしい。
「こうするんですよね?」
にっこり笑う私に、レオン様は顔を赤くしたまま頬をむうっと膨らませた。
……可愛いすぎる。
口を尖らせたまま、くるりと向きを変えて無言で歩き出そうとするレオン様の手を、私は後ろからすっと取った。
何事かと私を見上げるレオン様に微笑みかけながら、私はレオン様の指に自分の指を絡ませる。
「今日は、こうしていましょう」
そう言って、私は指を絡ませた手を引いて歩き出した。
レオン様は顔を赤くしたまま無言だったが、その頬は少しだけ緩んでいて、絡ませた指に力が入っているのが分かる。
私もそっと力を籠めてその手を握り返した。
このままずっと、こうしていられたら良いのに。
ずっとこの時が続いたら良いのに。
そんなことを考えながら、私は横を歩くレオン様を見た。




