88. 気高い人
未曽有の困難下で、ついうっかり自分の身分を明かしてしまったラリサ王女を、私は少しだけ同情しながら見ていた。
王女ではなく、一人の女性として見て欲しいと身分を隠していたラリサ王女。
可哀想な気もするが、この状況下ではそんなことも言ってられないだろう。
しかし、レオン様の反応は意外なものだった。
「だけど、よく陛下がお許しになったね」
……へ?
レオン様以外のその場にいる全員が、あんぐりと口を開けた。
……もしや、王女だと知っていたのか?
「昔、お父様の書庫でラリサの絵姿を見たことがあるよ」
書庫で絵姿⁉
何でも有りますね、旦那様!
ラリサ王女もカティア様も私も、へなへなぺたんとその場に座り込んだ。
……知っていたのか。
知っていて、あの態度か。……レオン様は本当に侮れない。
床に座り込んだラリサ王女に手を差し伸べるレオン様を見ながら、私は今更ながら自分の主の底知れなさを感じていた。
「父は、初めは次兄をこちらに寄こすつもりでした。それを、わたくしが直接父に頼み込んで代えてもらったのです」
最初から身分を知られていたことを気まずく感じているのか、ラリサ王女は少し目を伏せながらレオン様の差し出す手を取った。
「……実は、投げ文があったのです」
ラリサ王女の言葉に、レオン様が軽く目を見開いた。
「レオン様がオーランド領にいて、わたくしの助けを必要としていると」
私は思わずレオン様と顔を見合わせた。
そしてレオン様から送られる私を疑うような視線に、慌ててぶんぶんと首を振ってそれを否定してから、ふと小首を傾げた。
投げ文?
確かに、この状況をオーランド領だけでどうにかしようとしても厳しいし、国を挙げて支えてもらえるのであれば有難い。
何より、レオン様を信頼してくれているラリサ王女なら身動きが取りやすい。
だが、投げ文? 誰が、そんなことを。
まあいいよと軽く肩を竦めたレオン様は、ラリサ王女に向き直って口を開いた。
「ラリサ、このような状況のオーランド領に真っ先に駆けつけてくれた、あなたの勇気に心から感謝する。ありがとう」
「いいえ、レオン様。これは王女としての、わたくしの当然の務めです。
レオン様のお力をお借りして、民を救いたいのです。
どうぞ、わたくしにご指示をくださいませ」
ラリサ王女はレオン様の前に再び跪き、後ろに控えるカティア様もそれに従った。
……これが王族。これが貴族、か。
疫病と聞いて、レオン様を抱えて、真っ先に逃げ出した私とは違う。
その気高い姿に、私は自分が恥ずかしかった。




