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87. 現れた協力者

疫病、病人の描写があります。苦手な方は避けてください。

 レオン様の涙が落ち着くのを待って、私はレオン様と共に宿に戻ることにした。

 

 ここで己の務めを果たしたいと、領民を守りたいというレオン様の意志に従い、私も出来る限りの手助けをするつもりだ。

 私は何処までもレオン様について行く覚悟を決めた。



 宿に戻る道すがら、あちこちに倒れている者が見える。

 男も女も、老人も子供もいる。

 皆、嘔吐し、粗相をし、意識を無くし倒れている。


 あんなに賑わっていた通りの店もすべて固く扉を閉めて、中からは何の物音も聞こえてこない。

 通りを行き交っていたたくさんの商人たちの姿は今は無く、ただ両脇の建物の二階に掲げられたオーランド領旗が風ではためく音だけが聞こえている。

 このあまりの変わり様に言葉も出ない。


 国で一番豊かと言われたオーランド領が、まるで呪われた町のようだ。



 疫病と、レオン様は言っていた。

 どのように恐ろしい疫病なのだろう。

 レオン様は、どうするつもりなのだろう。


 ちらりと横を歩くレオン様を見る。

 レオン様は倒れている者達の様子を見ながら、険しい顔でずっと考え込んでいた。



 やがて宿に帰り着いた。

 受付台の後ろの部屋を覗いてみると、受付の女性とその祖母だという老婆が、意識の無い少年を寝台に寝かせて、声を掛け続けていた。


「クルト、ねえ、お願い、しっかりして」

「クルト、目を開けておくれ。クルト、クルト……」


 部屋の入り口に立って、その様子を見ていたレオン様が静かに声を掛けた。


「今なら、まだ間に合うかもしれない。お姉さん、僕に協力してもらえないか?」


 少年の体にすがりついて涙を流している受付の女性が、レオン様の言葉に振り向いた。


「……何が出来るって言うの? 隣国から来たこの疫病は治療薬がないって、何も出来ないって、医者も匙を投げて逃げたわ。……子供のあなたに何が出来るって言うのよ」


 やはり隣国から入ってきた病か。

 治療薬が無いと医者が逃げ出す病に、レオン様はどうするつもりなのだろう。


 女性の無礼な物言いを気に留める様子もなく、レオン様は言葉を続ける。


「確かに、この疫病の治療薬はまだ無い。でも、発病したら必ず死に至るわけじゃない。出来るだけ早い段階で対処することが大事なんだ。適切に対応すれば、それだけ助かる可能性も高くなる」


 無言でレオン様を睨みつけていた女性は、助かる可能性という言葉に反応したようだった。

 疑うような眼差しのまま、レオン様に尋ねる。


「……何をしたらいいの?」


 医者も匙を投げた疫病の対策を、何故レオン様が知っているのか不思議だが、それよりもこの女性にどのような策を与えるのか、私は固唾を飲んでレオン様の返答を待った。


「通りに倒れていた人達やこの子の様子から、恐らく嘔吐や下痢を何度も繰り返して、脱水症状を引き起こしていると思われる。だから、体から失われたのと同じ量の水分を補給して、病原体をすべて排除して何とか回復までもたせれば、助かるはず。……お姉さん、砂糖と塩、それと度数の高い酒はある?」

「あるわ!」

「待って」


 立ち上がって、急いで何処かに行こうとする女性をレオン様が引き留める。


「この疫病の病原体は目に見えなくて、感染者の吐しゃ物や排泄物、触れた所を介してどんどん広がっていくんだ。あなた達が着ている服は既に汚染されているから、清潔な衣服に着替えて、今着ている物は焼却するか、熱湯で煮沸して。それから手指は石鹸でよく洗うこと」


 レオン様に指示されるままに、女性とその祖母は着替えを済ませ、手を石鹸でよく洗ってから、教えられたとおりに砂糖と塩で作った補水液を少年に飲ませている。


 これから補水液が大量に必要になるとレオン様に言われた女性は、その場を祖母に任せて、自分はどんどん湯を沸かし、砂糖と塩を量り始めた。


 私はレオン様の指示に従い、宿の部屋の木戸を外して、その真ん中より少し下の辺りを丸く切り取って穴を開け、その上に少年を寝かせて、穴の下に桶を置いた。

 別の桶に、手を触れぬよう気を付けながら床に広がる少年の汚物を入れ、度数の高い酒で、少年が触れた所を特に入念に、宿中を拭き上げる。


「クロード、終わったら石鹸で手をよく洗ってね」

「はい、勿論です。レオン様こそ、気を付けてください」


 少年の様子を見ながら、レオン様は時折私の方を見て、声を掛けてくる。

 私は壁や床を拭きながら、レオン様に気になっていたことを尋ねてみた。


「レオン様、この疫病の治療薬は無いと仰っていましたが、少年に補水液を飲ませるだけで宜しいのですか?」

「この疫病は、とにかく体内から失われた水分を補ってやることが大事なんだ。治療薬が無い以上、水分を補いながら体の中から病原体がすべて出切るのを待つしかない」


 そう言ったレオン様は、私を見ながら困ったように顔をしかめた。


「……クロード、兵が必要だ」

 

 いきなり出てきた「兵」という言葉に私は驚いて、床を拭いていた手を止めて、レオン様を見上げた。


「感染者はあの子だけじゃない。

 まだ外にいる大勢の感染者を収容する場所が要る。

 それに、この疫病は元々隣国で流行っていたのが、国境を接するオーランド領に入ってきたものだ。

 国境を閉鎖して、これ以上の隣国からの感染者の流入を防がなければならないし、

 オーランド領から他領に感染が拡大するのを防ぐために、領境を封鎖する必要がある」

 

 国境を閉鎖……。

 大変なことになった……。

 レオン様はオーランド領内に疫病を封じ込めるつもりか。

 しかし、そうなるとあまりにもオーランド領の犠牲が大きい。


「収束に向かうまで一ヶ月程はかかるだろう。その間、食料など必要な物資を、果たしてオーランド領だけで賄えるのかどうか」


 下唇を噛みながら考え込んでいたレオン様はしばらくして、私を見下ろしながら口を開いた。


「クロード、悪いが、今からオーランド邸へ行ってくれないか?」 

「オーランド邸ですか?」 

「そうだ。オーランド家の私兵が今もどれだけ残っているか分からないが、急いですべて集めて連れてきて欲しい。僕達だけでは手が足りなさすぎる」

「分かりました。すぐに行ってきます」


 レオン様の真剣な目に促されて、私が急ぎオーランド邸へ行こうとしていると、おもむろに宿のドアが開いた。


「その必要はありません」


 中へ入ってきたのは、乱れた髪のラリサ王女とお付きのカティア様だった。

 息を切らし、乱れた髪を整えることもせずにラリサ王女は、突然現れたラリサ王女を驚いたように見ているレオン様に向かって話し始めた。


「隣国で疫病が発生して多数の死者が出ており、その疫病の感染者が国境を接するオーランド領に流入している可能性有との報告が、先程、国王陛下に伝えられました。

 陛下は直ちに軍隊を動かされ、まもなく国境が閉鎖されます。

 同時に、他領への感染拡大を防ぐため、オーランド領の領境も封鎖されます」


 ……もはや国王にまでこの惨状が伝わっているのか。


 国境も領境も封鎖され、オーランド領は囲い込まれる……。

 オーランド領を犠牲にし、疫病を封じ込めようというのか。

 国中に感染拡大するのを防ぐためとはいえ、惨い。


 ラリサ王女の口から出る無慈悲な言葉に、私は唇を噛みながらレオン様を見た。

 国を守ったアシュラン様の残したオーランド領に対する国王の冷たい仕打ちを、レオン様はどう思っているだろう。

 レオン様は表情を変えることも無く、真っ直ぐにラリサ王女を見ていた。


「そうだね。この疫病は感染力が強いから、囲い込みは必要だ」


 あっさりとラリサ王女の言葉を受け入れたレオン様に驚いて、私は思わず声を上げてしまった。


「オーランド領は見捨てられるのですよ⁉」

「勘違いしないで」


 ラリサ王女は私に一瞥をくれた後、またレオン様に向き直り、口を開いた。


「この疫病は、オーランド領だけの問題ではありません。

 これはもはや国の一大事。

 オーランド領だけに犠牲を押し付け、すべてを背負わせるつもりはありません。

 国を挙げてオーランド領を支え、この恐ろしい疫病に打ち勝つのです」


 ……国を、挙げて?

 オーランド領を支える?


 ぽかんと口を開けてラリサ王女を見ている私を、レオン様が呆れたように小さく笑う。


「わたくしは、父王から全権を任せられてオーランド領に参りました。

 レオン様はこの未知の疫病に関する知識が御有りのご様子。

 どうか、わたくしに指示をお与えくださいませ」


 そう言うと、ラリサ王女はレオン様の前に跪いた。




 ……ん、父王?

 え、良いのか、ラリサ王女? 自分で身分をばらしちゃってますが?


 ラリサ王女は、「しまった!」という顔で口を手で塞いでいた。

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