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86. 病める時も健やかなる時も

「……え?」


 思いも寄らないレオン様の言葉に、私の理解が追いつかない。


 ……ここから、出る? レオン様を残して? 私一人で?

 ……私と、別れる?

 意味が分からない。

 何故、私一人でここを離れるのだ?


「レオン様の仰る意味が分かりません。……どうして、私一人でここを出るのですか? ……レオン様のご命令に従わなかったからですか?」


 命令に従わない護衛など無用だと言われたのだろうか。

 自分に従わない者は必要無いと、そういうことなのだろうか。


 硬い石畳に付いたままの膝を手でぐっと掴みながら、レオン様を見上げる。


「お前が、貴族じゃないからだ」


 予想だにしなかったその理由に私は目を見開いて、無言で私を見下ろすレオン様を見るが、あまりの衝撃に咄嗟に言葉が出て来ず、そのまま俯いて唇を噛んだ。


 私が、貴族ではないから。


 貴族ではないから、レオン様にお仕えすることを許されず、

 貴族ではないから、今こうして、側に居ることも許されずに追い払われるのか。

 私が平民だから。



 ……悔しい。



「私は貴族ではありませんが、それでもレオン様の護衛です。オーランド領に留まるのであれば、どうか、その間だけでもお側に居させてください。レオン様を一人には出来ません」


 せめて、ここにいる間だけでも。

 こんな恐ろしい所に、レオン様一人を残しては行けない。


 すがるように懇願する私に、レオン様は無常に言い放つ。


「ダメだ。今すぐここを出ろ」

「嫌です! レオン様と一緒でなければ、ここを出ません」


 なおも食い下がる私に、諭すようにレオン様が口を開いた。


「クロード、貴族ではないお前には、ここに残って領民を守る義務はないんだ。

 オーランド領に縁も所縁もないお前が、危険を冒してここに残る必要はない。

 グランブルグ家に戻って、お父様とお母様に伝えてくれ。

 お祖父様に代わって僕が務めを果たすと」

「貴族でなくとも、私にはレオン様をお守りする義務があります!」


 何と言われようと必死に食い下がる私に、レオン様は困ったような表情になる。


「クロード、お願いだから……」

「レオン様みたいな気まぐれな人の世話を出来るのは私くらいです。

 私がいないと、レオン様は何も出来ないじゃないですか。

 ……どうして、いつものように偉そうに、私について来いと命令しないのですか⁉」


 私の言葉に、レオン様が苦しそうにその美しい顔を歪めながら呟く。


「そんなこと、言えるわけないじゃないか。……クロードはいつだって命懸けで僕を守ってくれるのに、僕はクロードに何も与えてやれない。それなのに、これ以上ついて来いなんて、言えるわけがない」


 レオン様の透き通るような白い頬に涙が流れる。

 私は手を伸ばして、その涙を指でそっと拭きながら、なおもはらはらと涙を流すレオン様を見た。


「私を、離さないと言いましたよね。一生側に居ろと」


 レオン様は一瞬たじろいだ様子で私を見る。


「……言ったけど、でもそれは」

「一生と言うのは、病める時も健やかなる時も、幸せな時も困難な時も、です。レオン様の勝手な都合で取り消そうとしても、私は受け付けませんから」


 レオン様の目からとめどなく涙が溢れてくるのが見える。


「レオン様の居る所が、私の居る所です。どこまでもレオン様について行きます。

 どうか、私を離さないで下さい。

 ……側に居ろと言って下さい」


 涙で顔をぐちゃぐちゃにしたレオン様が、石畳に膝を付いたままレオン様を見上げる私の首に抱きついてきた。


「……何処にも行かないで。ずっと側に居て」

「はい」


 私に抱きついたまま泣きじゃくるレオン様の華奢な体を、私はぎゅっと抱きしめた。





 ああ、今、やっと気づいた。


 私は、レオン様が好きだ。

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