84. 暗い影
疫病、病人の描写があります。苦手な方は避けて下さい。
見知らぬ老婦人との会話中に倒れたレオン様は、頭がぼうっとするらしく、私が抱きかかえて町を歩くことにした。
私としては、今すぐにでも宿に戻って寝床で休ませたいのだが、レオン様がどうしても町を見て回らねばならないと言って聞かないのだ。
朝方はこんなに強く言い張る様子ではなかったのに、どうして急に心変わりしたのか不思議だ。
先程の老婦人が何か関係あるのだろうか。
老婦人と話していた内容や金色の靄など、聞きたいことは色々あるが、倒れたばかりで頭がぼうっとするというレオン様にしつこくするわけにもいかず、私は一人であれこれ考えながらレオン様を抱えて歩いていた。
「わっ、ちょっと汚いわね! もう、酔っ払いが!」
ふいに聞こえてきた女性の声のする方を見ると、道端に男が寝ころんでいた。
飲み過ぎたのか、道に男が吐き戻したものが見える。
「こんなに潰れるまで飲むなんて、昼間から良い身分ね!」
毒突くように言いながら、その女性は寝転がる男を避けて通りを歩いて行った。
酔い潰れているらしいその男は、起き上がる様子もない。
「酔っ払いは何処にでもいるんだな」と思いながら先を歩いて行くと、また酔い潰れて通りに寝転んでいる集団がいた。しかも、粗相までしている様子だ。
「……呆れた。何てことだ」
国で一番豊かだというオーランド領。
美しく栄えた町だと思っていたが、昼間っから酔い潰れてこんな醜態を晒す者がこれほど多いとは、嘆かわしい。
堕落している。
忌々しく思いながら、寝転ぶ男達を避けてそこを通り過ぎる。
オーランド領のこんな嘆かわしい様子をレオン様に見せたくなかった、こんな所を通るのではなかったと悔いながら、申し訳なくレオン様を見る。
レオン様は私の腕の中で、険しい顔をしていた。
本来なら自分が受け継ぐはずの領地の情けない有様に怒りを感じているのだろうか。
「レオン様?」
「クロード、宿に戻る。今すぐにだ」
ただならぬレオン様の様子に、私は慌てて身を翻して、宿へと急いだ。
宿へ戻る途中も、あちこちに道に寝転んでいる者がいた。
それは男だけではなく、女性も、中には子供や老人もいて、その異様な様に訳の分からぬ恐怖を感じながら歩みを速めた。
その間、レオン様は一言も言葉を発せずに、ずっと何かを考え込んでいるようだった。
命じられるままに急いで宿へ戻ると、何やら様子がおかしかった。
いつもなら受付台にいて、にこやかに対応してくれる受付の女性がいない。
女性もその祖母も誰もおらず、珍しいこともあるものだと思いながら2階の部屋へ行こうとすると、何処からか大声が聞こえてくる。
「クルト! しっかりして! ねえ、クルト! どうしたのよ⁉」
レオン様と顔を見合わせる。
それは受付の女性の声で、どうやら受付台の後ろから聞こえてくるようだった。
何事かと様子を覗いてみると、受付台の後ろに部屋があり、そこで床に倒れた少年の体を揺すりながら女性が叫んでいた。
床に倒れているのは、昨日、受付の女性の祖母がアシュラン様と間違えてレオン様にすがりついたのを、引き離して中へ連れて行った少年だった。
その少年は、床に倒れたまま嘔吐し、粗相をしていた。
……これは、もしや。
先程から、町のあちこちで人が倒れている。
初めは、ただの酔っ払いだと思っていたが、あまりにも人数が多すぎるし、それに何より嘔吐して、粗相とは、これは、もしかして。
「疫病だ」
レオン様がぼそっと呟いた。




