81. 胸騒ぎを感じながら
恥ずかしすぎる苦行に耐えて、好きですと100回何とか言い切った私はもう疲労困憊だった。
こういうことに慣れない私には、精神的なダメージが大きすぎる。
「一生分の好きを言い切りました……」
へろへろになっている私に、レオン様がけらけらと笑いながら悪魔のような言葉を投げてくる。
「何言ってるの。僕のこと好きだって自覚したら、毎日言わせるから」
「一生自覚しないので大丈夫です」
「駄々洩れのくせに何言ってるんだか」
呆れたように私に視線を投げてくるレオン様の言葉に納得がいかず、反論しようと私が口を開きかけた丁度その時、ぎゅるるるるっとレオン様のお腹が鳴った。
「お腹空いた! ご飯にしよう!」
私に口を開く暇を与えずに、レオン様は私の腕を取り、部屋を出ようとする。
こうなったらお腹が充たるまで話にならないので、私も諦めてレオン様と一緒に外に食事に行くことにした。
階段を降り、受付の女性に食事に行ってくると声を掛けようとして、その横に小柄な白髪の老婆がいることに気づいた。
さっきは見かけなかったが受付の女性の身内のようで、二人は何やら話し込んでいた。
「……だからね、おばあちゃん。ここは私一人で大丈夫だから、心配しないで」
「そうは言っても、お前一人でもし何かあったら、……!」
女性と話していた老婆が、こちらに気づいて視線を向けた途端に、何か恐ろしいものでも見てしまったかのような表情で息を呑んだ。
「アシュラン様……!」
その老婆の様子に、何事かとこちらを振り返った女性が、私とレオン様に気づく。
「アシュラン様っ! アシュラン様っ!」
受付台の中から出てきた老婆が、私の横に立っているレオン様に涙を流しながらすがりついた。
その様子に、私もレオン様も訳が分からず、呆気に取られてしまう。
……アシュランとはレオン様の祖父君の名だが、何故、この老婆がそのアシュラン様の名を口にしているのか。
この老婆は何者だろう。
「アシュラン様、どうかわたくしをお許しくださいっ……。わたくしは……」
「ちょっと、おばあちゃん、やめてよ。お客さんが困ってるでしょう」
レオン様の足元にすがりついてアシュラン様の名を呼び続ける老婆を、受付の女性が慌てて引き離そうとする。
「おばあちゃん、領主様はもう亡くなったのよ。知ってるでしょう? ねえ、おばあちゃん、今はお客さんも減って大変な時なのよ。大事なお客さんを困らせないで」
私達に謝りながら、どうにか老婆をレオン様から引き離そうとしているが、老婆はレオン様の足に抱きついて離れようとしない。
「アシュラン様、あれはお嬢様ではないのです。お嬢様ではなく、わたくしが……」
泣きながら何かを言おうとする老婆の手を優しく取ったレオン様は、そっとその場にしゃがみこんだ。
「ごめんね、おばあちゃん。僕、アシュラン様じゃないんだ」
なおも何かを言おうとする老婆に手を焼いた受付の女性が、中から10歳くらいの少年を一人連れてきた。
そして、レオン様の足元に座り込む老婆を二人がかりで支えて中へ連れて行き、しばらくして出てきた受付の女性は、申し訳なさそうに私達に頭を下げた。
「ごめんなさいね。さっきのはわたしのおばあちゃんなんだけど、昔、領主様のお屋敷で働いていたことがあるの。たまに、領主様の話をすることはあったけど、あんな様子のおばあちゃんを見たのは初めてで、わたしも驚いたわ。気を悪くしないでくれる?」
人間違いをされただけで、特に危害を加えられたわけでもないので、そのまま私とレオン様は外に出て食事に行くことにした。
それにしても、アシュラン様の元で働いていた事のある人間が間違えるほど、レオン様はアシュラン様に似ているのか。
興味深そうに道行く人たちや居並ぶ店を眺めながら歩いているレオン様を横目で見ながら、私は何やら得体のしれない胸騒ぎを感じていた。




