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8. 悪役王女と白馬の王子

「レオン様、宿で少し休んだら出立しましょう。お父様とお母様が、レオン様の帰りをお待ちですよ」


 名残惜しそうに露店を眺めているレオン様を促して宿へ戻る途中、宿の数件手前にある薬屋の前を通りかかったときに、ふと聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「……薬が手に入って良かったですね、ラリサ様」

「そうね。まさか狩りの最中に倒れて、そのまま寝込むなんて…虚弱だとは聞いていたけれど、そこまでとは思わなかったわ。無理強いをして、リリアナには可哀想なことをしてしまったわね。せめてこの薬が効いて少しでも良くなってくれたら嬉しいのだけれど」


 ……ラリサ王女だ!


 薬屋から侍女を伴って出てきた王女に見つからない様に、レオン様を抱えて急いで露店の陰に身を隠す。


 川に流されたまま連絡も出来ずにいて、その後が気になっていたが、倒れて寝込んでいることにして誤魔化しているのか……さすがはマリアだ。


 お忍びでの外出なのか、目立たぬように薄手の外衣を着た王女は、大事そうに小さな包みを抱えていた。

 ……確か、薬と言っていたが、あの意地悪なラリサ王女がリリアナ様に? まさか。信じられない。


「それはそうと、リリアナ様に対して惚れ惚れするほどの悪役っぷりでございましたね。傍から見ていて、笑いを堪えるのが大変でしたもの」

「やめて頂戴。これでも意地悪顔だって気にしているのよ。どうしてわたくしの目はこんなに吊り上がっているのかしら。目だけエリオットお兄様と取り換えてもらいたいわ」


 ラリサ王女が恨めしそうに自分の目尻に指を当てて、押し下げた。


「そんなに気になさっているのなら、悪役を演じるのも程々になさいませ。リリアナ様に嫌がらせをして、どうにかエリオット様から遠ざけようという優しさは結構ですが、ラリサ様もお年頃なのですよ。妙な噂でも立ったらどうなさるのですか」

「そんなもの勝手に立てばいいのよ。どうせ、王女のわたくしに自ら伴侶を選ぶ自由なんてないわ。……それにしてもエリオットお兄様にも困ったものね。あんな曲者のお兄様に追いかけまわされたら、わたくしでも卒倒するわよ。リリアナも可哀想に」


 …これはまた実の妹からのずいぶんな言われようにエリオット王子に同情するが、よく思い返してみれば、まあ言われるだけのことはある。


 そもそもあのエリオット王子の浅慮な行動がもとで、アンリエッタ嬢に恨まれ、リリアナ様は猟犬に襲われて川に落ちてしまったのだ。


 改めて沸々とエリオット王子に対して怒りが湧いてきたが、……あれ? 


 ということは、このラリサ王女はブラコンの意地悪女ではなく、リリアナ様からあの面倒くさいエリオット王子をどうにか遠ざけようとしてくれているということか。


 ……これは、ありがたい。


 侍女と話をしながら停めてある馬車に乗り込もうとするラリサ王女の背中をそっと感謝しつつ見送ってから、露店の食べ物を前にして再び涎を垂らさんばかりになっているレオン様のもとへ行く。


 「宿へ戻りましょう」と声を掛けようとしたその時、大きな叫び声と悲鳴が響き渡った。


「きゃあああっ! 誰か、誰か!」


 振り返ると、ラリサ王女に続いて侍女が馬車に乗り込もうとしたところを襲われたらしい。

 侍女が中に入らせまいと必死に馬車のドアを守り、数人の護衛らしき騎士が賊と戦っていた。


 一瞬体がラリサ王女を助けに行きかけたが、理性がとっさに気づいてそれを抑える。


 ……私はリリアナ様の、レオン様の護衛だ。ラリサ王女ではない。

 ……リリアナ様を助けてくれようとしているラリサ王女を見殺しには出来ないが、かといってレオン様を放って助けに行くわけにもいかない。

 私にとって何よりも優先すべきはレオン様なのだ。


 護衛はなかなかの手練れのようだが苦戦していた。


 ……このまま王女に何かあったらどうしよう。

 だが、レオン様を残していくわけにもいかない。


 賊に馬車のドアが開けられ、ラリサ王女が引っ張り出された。……まずい。


 それでもまだ助けに行くべきか躊躇っていると、横で涎を垂らしていたレオン様が、突然馬車に向かって駆け出していった。


 レオン様は取り囲んでいる賊の一人に後ろから飛び蹴りをかまし、驚いて目を見開くラリサ王女に駆け寄ると、視界を塞ぐようにラリサ王女の頭を自分の胸に押し当てて抱きしめた。


「クロード! 守れえっ!」


 ……ええ――っ! 丸投げですか⁉ 

 戦えないのに、勝手に飛び出して行かないでくれ!


 泣きたい気持ちで急いで駆け、剣を抜いて助けに入る。


 ラリサ王女を胸に抱いて庇うレオン様に向かって、今にも振り下ろそうとする賊の剣を横から振り払い、レオン様の前に分け入って賊に向う。


 実際に刃を合わせてみると、妙な賊だった。

 賊というよりは、むしろ正規の訓練を受けた騎士のような剣さばきで、明らかにこちらの様子を見ていて、まるで私が助けに入るのを待っていたかのようにも感じられた。


 ……何だ、これは? 何かの罠か? はめられたのか?


 訝しんでいると、賊のうちの一人が合図を出して、一斉に引いていった。

 その呆気なく訳の分からない幕切れに戸惑うが、……しかし、本気の襲撃でなくて助かった。


 本当に、レオン様はいきなり何をするか予測がつかない。


「怪我はない? 大丈夫?」


 レオン様が強く抱きしめていた腕を放して、身を屈め顔を覗き込んで声を掛けると、「きゃっ」と小さな声を上げて、ラリサ王女はへなへなとその場に座り込んだ。


 ……無理もない、いきなりあの顔は刺激が強すぎる。

 返事の無いラリサ王女に諦めて、肩を竦めてこちらを見るレオン様を私は軽く睨んだ。


「次からは、こんな無茶ぶりはやめてくださいよ」

「だったら僕に剣を教えてよ」


 けらけらと笑っているが、もし怪我でもしたらどうするのか。

 その体はリリアナ様の物でもあるのに。

 大切なリリアナ様の体に傷一つでも付けるわけにはいかない。

 必ず無事に屋敷までお連れすると奥様に誓ったのだ。


 目の前にいるレオン様がリリアナ様でもあることは分かっているが、どうにも胸のむかむかが抑えられずに不愛想になってしまう私の顔を、レオン様は両手で挟んで、額と額をくっつけて目を覗き込んでくる。


 大きな青い目がすぐ目の前にある。長い睫毛が触れそうだ。甘い息がかかる。


「何怖い顔してるの?」


 ……近い! 近づき過ぎだ!


 私が慌てて、その両手を振り払い顔を反らそうとすると、レオン様はゴンッと思い切り頭突きをしてきた。


 ……この子は一体何を考えているんだ⁉


 痛みに悶える私を見て笑い転げるレオン様の後ろに、ラリサ王女が見えた。


 血生臭い光景を見ない様にという優しさなのか、レオン様がラリサ王女の頭を自分の胸に押し当てて、視界を塞いだ時の力加減が強すぎたらしく、髪が乱れていて、侍女が慌ててそれを整えている。


 ……忘れていた。


 ふざけている場合ではない。早くここから立ち去らなければ。

 リリアナ様と面識のあるラリサ王女とは、レオン様は関わらない方がいい。


 気づかれない様に、何も言わずにこっそりと立ち去ろうと私はレオン様の手を取った。

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