78. あなたが恋に気づくまで
「レオン様に対して恋愛感情は無い」と断言した私に気を悪くしたのか、レオン様はマントの中に潜り込んだままで、一言も発せず、出てくる気配も無い。
レオン様も私も全身ずぶ濡れで、いつまでもこんな所で寛いでいるわけにはいかないのだが、どうしたものか判断が付かず、私は困り果ててしまった。
というのも、「後から行くから」と言って馬車を先にオーランド家の屋敷にやってしまったからだ。
レオン様に変化したまま、オーランド家に行っても良いものか。
それとも、いつものように何処かに宿を探した方が良いのか。
……どうしよう。
「はっくしゅっ」
マントの中からレオン様のくしゃみが聞こえた。
こんなずぶ濡れのままではレオン様が風邪を引いてしまう。
近くに宿を探すべく、レオン様を腕に抱えたまま立ち上がると、もぞもぞとマントの中からレオン様が顔を出して、じいっと私をみた。
「……僕は怒ってる」
「はい、分かっています。レオン様のお気持ちに添えなくて申し訳ありません」
「……お前が自分で気づいてないだけだっつーのっ」
私はまた余計なことを言ってしまったのか、マントの中から手を伸ばしてきたレオン様は私の頭を掴み、その勢いで頭突きをしてきた。
久しぶりの強烈な頭突きに、ついふらふらっとふらついてしまう。
「……レオン様は自信家ですね。何処からそんな自信が出てくるのですか?」
私が違うと、恋愛感情では無いと明確に否定しているのに、何故レオン様が、こんなにも自信満々なのか、不思議でならない。
ぷいっとそっぽを向いていたレオン様は、私の問いにゆっくりとこちらを向いた。
「そりゃね。ていうか、気づかない鈍感はクロードくらいだって。
……でも、これくらい鈍い方が悪い虫がつかなくて、僕には都合がいいのかな」
私に抱きかかえられたままの状態で腕組みをしたレオン様は、しばらく黙って私の顔を見ていた。
「……まあ、いいよ。時間はたっぷりある。
クロードが自覚するまで、僕は今までどおりのんびり待つことにする。
10年待ったし、今更だ」
私を見ながら、レオン様は何やらぼそぼそと呟いた。
「そのかわり、自覚したら覚悟しろ」
にやりと不敵な笑みを浮かべたレオン様に、何だか不吉な予感がして、恐る恐る聞いてみる。
「あの、覚悟って何でしょう?」
「覚悟って言うのは、そうだな、一生を僕に捧げるってこと」
「それなら、もう覚悟は出来ています」
もとより一生レオン様にお仕えする覚悟。
今更、わざわざ命令されなくても、とっくに覚悟は出来ている。
「……無自覚でこれなんだからなあ、まったく」
困ったように笑いながら、レオン様は私の頭に手を伸ばし、いつものようにわしわしと撫でる。
久しぶりにレオン様に頭をわしわしとされるのが妙に嬉しくて、少し照れながら微笑むレオン様の顔を見ていた。
すると、レオン様の鼻が急にむずむずと動き出したかと思うと、「ぶへっくしょんっ」と私に向かって特大のくしゃみをしてきた。
私がその風圧にたじろいでいる間に、レオン様はそうっとマントの中に潜り込んでしまい、そのまま出て来なかった。
……くうぅ、逃げられた。
レオン様が出てきたら、人に向かってくしゃみをしたらいけませんと一言、言わなければ。




