77. 自分で分からないの?
ずっと会いたかったレオン様が現れた喜びに、私は自分が川の中に横たわっていることも忘れて、自分の胸の上で意識を失くしたレオン様を思わず強く抱きしめてしまっていた。
……夢のようだ。
信じられない。こんなことが起きるなんて。
まさか、レオン様が自分から出てきてくれるなんて。
レオン様を抱き締めたまま喜びに浸っていると、レオン様の体からうっすらと靄が出てきて、それは少しずつ濃くなっていった。
……まずい。変化が始まった。
慌てて体を起こし、変化を始めたレオン様を抱えて川から上がり、自分の付けているマントを外してレオン様を包んだ。
変化の最中にむやみに移動するよりも、可能なら変化を終えてからの方がいい。
周囲をよく見回して誰もいないのを確認してから、土手の草の上に座り込み、その膝の上にそっとレオン様を乗せる。
私の、大切な方。
気まぐれで無茶苦茶だけど優しくて、私の想いをすべて受け止めてくれる、とても温かい方。
レオン様に会いたくて、一人で色々試したことがすべて失敗して心が折れたことも、伝わっていると、嬉しかったと受け止めてくれた。
ああ、そうだ。
私が崖から飛び降りて死にかけた恐怖を引きずっていた時も、ずっと私を抱き締めていてくれた。
滅茶苦茶だけど、いつも愛情に溢れていて温かくて、真っ直ぐに私に向かって来て、……いつの間にか私の心の奥にまでレオン様は入り込んでいた。
レオン様にまた会えるなんて、こうやって出てきてくれるなんて、夢のようだ。
頬に熱いものが流れるのを感じながら、腕の中の温もりをまるで確認するように、私は強く抱きしめた。
「……死ぬ」
マントの中から聞こえる微かな声に、慌ててマントをめくると、既に変化が終わったらしかった。
レオン様は両手を伸ばしてぐーっと伸びをしながら、ちらりと私を見た。
「……どうして泣いてるの?」
「レオン様に会えて嬉しいのです」
「泣くほど?」
「はい」
ゆっくりと体を起こしたレオン様は、伸ばした両手を私の首に回して抱きつき、耳元で囁く。
「僕も会えて嬉しい。……遅くなって、ごめんね」
「そんなことっ」
ありませんと、ただ会えるだけで嬉しいのだと言おうとして、レオン様の方に顔を向けようとする私の顔中に、レオン様がまるで小鳥が餌をついばむようにちゅっちゅっとキスをし始めた。
「……レオン様、何を……?」
「ん~? これねえ、ご褒美とごめんねと大好きかな」
そう言いながら、私の額に頬に鼻に顎に耳元に、レオン様がちゅっちゅっとキスしていくのがくすぐったくて、私がもぞもぞ動いていると、それに気づいたレオン様が悪戯っぽく微笑んだ。
「クロードもする?」
「無理です」
きっぱり断ると、ちぇっと言いながら、レオン様はまたちゅっちゅっと続けた。
「いいよ、僕がいっぱいするから」
いつまでも続くその小鳥のような攻撃に、私の恥ずかしさは限界を超えてしまい、もうこれ以上は勘弁してほしいと顔を背け、両手で防御して逃げる。
レオン様は不満気にぷうっとむくれたが、あれだけちゅっちゅしてまだ足りないとか、本気で勘弁してほしい。
「ねえ、僕のこと好き?」
突然、レオン様が私の目を真っ直ぐに見ながら聞いてきた。
…………
…………え?
「いえ、それはありません。レオン様は主として大切な方ですが」
不意の問いについきょとんっとしてしまったが、これは、勘違いされないようにきちんと否定せねばならない。
冷静に言葉を続けようとする私に、レオン様は両目を見開き、顎が外れるんじゃないかとこちらが心配になるほど、あんぐりと口を開けていた。
「はあっ? どれだけ鈍いの? 自分で分からない?」
「レオン様は、主として掛けがえのない大切な方です。
ですが、私のレオン様に対する気持ちは恋愛感情ではありません。
私は、己の主に対してそんな不埒な感情を持つような、そんな人間ではふがっ」
「だーーまーーれーー」
怒りの形相のレオン様は、私の頬を両手で思いっきり引っ張ると、「もういいっ」と言って、マントの中に潜ってしまった。
……私は、レオン様を怒らせてしまったのだろうか。
やっと会えたのに。
寂しい。




