76. 我慢の限界
突然のリリアナ様の口づけと、私を抱き締めながら囁いた「全部伝わっているから」という言葉。
もしかしたら今、自分の目の前にいる方がリリアナ様ではなくレオン様かもしれないという期待で、私の胸の鼓動はどんどん速く強くなっていく。
レオン様なのか?
……本当に? 本当にレオン様なのか?
私が何をしてもレオン様は現れなかったのに、どうして突然現れたのだ?
期待と喜びと、戸惑いと混乱とで、私の頭の中がぐちゃぐちゃになっている間にも、リリアナ様は緩やかな下り坂になっている土手をゆっくりと歩いて川へ向かっていた。
……ちょっと待て。
本当にレオン様なのか?
私は勝手にレオン様だと決めつけて喜んでいるが、本当にそうだろうか。
もしも、もしも違っていたら大変なことだ。
私はレオン様に会いたい一心で、レオン様が現れたと一人で舞い上がっているが、冷静になって見てみると、今のリリアナ様は入水しようとしているようにしか見えない。
……縁起でもないことを考えるな!
「……待って、待って下さい! リリアナ様! やはり川は危ない!」
引き戻そうとする私の声を無視して、リリアナ様はどんどん進み、そのまま川の中に足を踏み入れてしまった。
あんな踵の高い靴のままで川に入るなんて危険すぎる。
リリアナ様の後を追って私も急いで川に入り、川の真ん中で立っているリリアナ様を何とか抱き捕まえた。
思ったよりも川は浅いが、あんな靴でこんな足元が不安定な所を歩くなんて、危なすぎる。
こんな所でもし転んで、怪我でもしたらどうするのだ。
転んで怪我をする前に川から出なければと、私がリリアナ様の体を抱き上げようとすると、むーっとむくれた顔のリリアナ様が私を睨みつけていた。
「何で邪魔するんだよ」
……そんなこと言われても、怪我したら危ないでしょう。
「邪魔するなら、お前も道連れだっ」
そう言うと、リリアナ様はいきなり私の首にがばっと飛びついてきて、その弾みで私はリリアナ様ごと後ろに倒れた。
……うわっ、危なっ。
勢いあまって川の流れの中に倒れた私の上に、倒れた際の水飛沫でずぶ濡れになったリリアナ様が馬乗りになって、けらけら笑っていた。
……こんなの絶対にリリアナ様じゃない。
さっきまでは半信半疑だったが、今は断言できる。間違いない。
「……レオン様でしょう?」
川の中に横たわったまま、自分の上に乗っかっているその人を軽く睨む。
「あ、分かった?」
にやにや笑いながら私を見下ろしていたレオン様は、ゆっくりと体を私の方に倒して、私の胸の上にもたれこむと、すりすりと私に頬ずりをし始めた。
レオン様は髪もドレスもずぶ濡れだった。
「どうしてこんな無茶をするんですか。怪我でもしたらどうするのです?」
私に頬ずりを続けるレオン様の背中にそっと手を当てながら、レオン様に注意をする。
こういうことはちゃんと言っておかねば。
「……だって、会いたかったから。もう限界だったんだ」
体を起こしたレオン様は、私の目を見ながら今にも泣きそうな顔で言う。
「それは私も同じです」
「……同じじゃない。全然違う」
私の上に馬乗りになったままのレオン様は真上から私の顔を見下ろしていて、レオン様の濡れた髪から水滴がぽたぽたと私の顔に滴り落ちてくる。
私の胸の上に両手をついていたレオン様は、少しずつその肘を曲げ、私を見つめながらゆっくりと距離を縮めてきた。
そうして、水に濡れたレオン様の唇が私の唇に強く押し当てられ、水滴が唇を伝わってくる。
しばらくして、柔らかなその唇は力なく離れ、ふにゃりと力の抜けたレオン様の体が私の体の上から崩れ落ちかけた。
自分の胸の上で意識を失くしたレオン様の体を、私は両手で強く抱きしめた。




