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75. 待ち望んだ瞬間

 王都から離れるにつれ、馬車の窓から見える緑が次第に増えて行く。

 林を抜け、森を抜け、やっと視界が開けたと思ったら、今度は川沿いを走る。

 川面が日差しでキラキラ輝いて眩しい。

 時折、水面がパシャリと跳ねているように見えるのは、魚がいるのだろうか。


 「クロード、見て! 魚がいっぱいいるわ! 釣りが出来るわね!」


 私の余計な発言をなかなか忘れてくれないリリアナ様は、馬車の窓に顔をくっつけて外を見ている。

 どうしてあんな余計なことを言ってしまったのかと、自分の発言を後悔しながらリリアナ様を見ていると、御者が外から声を掛けてきた。


 「オーランド領に入りましたよ。

  ここからはずっとオーランド領です。

  外が見えますか? 豊かな美しい土地ですよ」


 眩しく輝く川面に気を取られていたが、よく見てみると確かに御者の言う通りに美しい所だった。

 道沿いにある背の高い木の枝には白い小さな花が満開で、まるで花のアーチの中を通っているようだ。

 その白い花びらが風に煽られて花吹雪のように舞っている。

 ……まるで夢のような美しさだ。


 私がその美しさに心を奪われていると、突然リリアナ様が叫んだ。


 「馬車を止めて!」


 まだオーランド領に入ったばかりで先は長いのに何事かと驚いていると、リリアナ様の声が聞こえたのか、御者が馬車を止めた。


 「……リリアナ様?」

 「クロード、降りましょう」


 そう言ってリリアナ様はさっさと馬車を降りて、そのまますたすたと御者の元へ行き、何やら声を掛けていた。


 「ゆっくり領地を見て行きたいの。ここからはクロードと歩いて行くから、あなたは先に屋敷に荷物を届けてもらえるかしら」

 「……ここからお屋敷まで、かなりの距離がありますが、大丈夫ですか?」

 「クロードが一緒だから大丈夫よ。心配しないように皆に伝えて頂戴」

 「分かりました。……では、くれぐれもお気をつけて」


 ……ここから、歩いて? ……今日中に屋敷に着くのか?


 予想外のリリアナ様の行動に戸惑う私を気に留める様子も無く、リリアナ様は屈託のない笑顔で、両手を広げてまるで踊るようにくるくる回りながら、白い花吹雪を全身で受け止めていた。


 見たことも無い美しい風景に心を奪われて、開放的になるのは分からなくも無い。

 ……だが、いつものリリアナ様とは、どこか少し様子が違うような気がする。

 こんな風に気まぐれに、気ままに行動される方では無いのだが。



 花吹雪を満喫したらしいリリアナ様は、花のアーチのような道を外れて、その横にある川の土手の方に歩いて行った。


 ……川はまずい。


 私の余計な発言が原因で、釣りをしたいと言っていたが、まさか道具も無しに釣りでもする気だろうか。

 リリアナ様は自分が水に濡れると変化するということを知らないのだ。

 川に近づいてはいけない。


 鼻歌を歌いながら土手へ歩いて行くリリアナ様の後を慌てて追いかけ、川に近寄らせないようにその手を引いた。


 「リリアナ様、川は危ないので近づいてはいけません」


 私がいきなり手を掴んだことに驚いたように目を見開いたリリアナ様は、まるで大輪の花が咲き開くようにふんわりと微笑んで私に優しく言った。


 「少しだけ、ここで待っていて」


 待てと言われても、目の前に川があるのに、どう見てもリリアナ様が川に近づこうとしているこの状況で、黙って見ていられるわけが無い。


 「ダメです。そのお言葉には従えません。何と仰ろうと、ここから離れて頂きます」


 力ずくでもリリアナ様を川から遠ざけようと、リリアナ様の手を掴まえる自分の手に力を籠めると、困ったように笑ってリリアナ様はぽつり呟いた。


 「……もう、我慢の限界なんだ」




 ……え、この物言い。




 思わずまじまじとリリアナ様の顔を見ていると、リリアナ様は私の顔を両手で挟んで、ぐいっと自分の方に引き寄せた。

 そして目の前にある私の唇に、少し背伸びをして、そっと口づける。


 私が理解が追いつかずに呆然としていると、ゆっくりと唇を離したリリアナ様は、前屈みになっている私を抱き締めながら、耳元で囁いた。


 「……全部伝わってるから。すごく嬉しかった」



 ……え、……もしや、これは。



 自分の胸が一気に激しくどくどくと波打つのを感じる。

 もしかして、もしかして、レオン様なのか?

 目の前にいるこの方は、リリアナ様ではなくレオン様なのか?


 この状況に混乱しつつも、自分が待ち望んだ瞬間がついに訪れたのかもしれないという期待に体が震える。


 「もしかして、あなたは……」


 私の言葉にリリアナ様はにやっと不敵な笑みを浮かべ、ひらひらと片手を振りながら、川へと近づいて行った。

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