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74. ほのかな期待を抱きつつ

 奥様の計らいで、私とリリアナ様は奥様のご実家のオーランド家領地を訪れることになった。


 旦那様は当然のように反対したが、「今はわたしが管理しているけど、いつかはリリアナが引き継がなければならない。それならば、今にうちに見せておきたい」との奥様の言葉に二の句が継げず、渋々許可を出した。


 オーランド家の屋敷も使用人もそのまま残っているらしく、あちらに連絡しておくのでマリアは付いていく必要は無く、荷物もさほど要らないだろうとのことだった。


 「静養も兼ねて、しばらくあちらでゆっくりしてきなさい」と密かに私に目配せをする奥様を見ながら、私は昨夜の奥様の言葉を思い出していた。


 「きっとあなたの想いはレオンに通じているはず」


 ……本当だろうか。

 私はレオン様に会いたくて、その意識だけを呼び出そうと色々試してみたが、すべて失敗に終わった。

 レオン様は現れなかった。

 それなのに、レオン様に通じているとか、そんなことがあるのだろうか。




 「ねえ、わたしだって行ってみたいのに、奥様はどうしてわたしのことを必要無いって仰るのかしら」


 ぼんやりと考え事をしている私に、いかにも不服そうにマリアが言いに来た。


 「だってオーランド家の領地って言えば、グランブルグ家の領地よりも広大で、山も川もあって自然豊かでそれは美しい所って聞くわ。

  今の時期なら、花が咲き乱れ果物が沢山実って、川で魚もいっぱい獲れるはずよ。

  美味しいものが食べ放題なのに、どうしてわたしは行っちゃダメなのかしら。

  悔しいわ」


 マリアは雄弁にオーランド領の様子を語っているが、行ったこともないはずの場所に何故それほど詳しいのだろう。


 「どうしてそんなにオーランド家の領地に詳しいんだ?」


 素朴な疑問に、マリアはそんなことも知らないのかと呆れたように私を見た。


 「この国でアシュラン様と言ったら有名人だからよ。

  戦果を挙げる度に領地を広げ、与えられた褒賞を惜しみなく使って、荒れ地を開拓し、灌漑設備を敷き、領民の暮らしを大幅に向上させたと聞くわ。

  今では、オーランド領は国で一番豊かな土地と言われているのよ。

  素晴らしい軍人で領主様というのもあるけど、それよりも有名なのはその美貌よ」

 「美貌? アシュラン様に会ったことがあるのか?」

 「何言ってるの。

  アシュラン様と言えば、国中の女が一度は恋をすると言われたほどの方よ。

  おばあちゃんに昔一度だけアシュラン様の絵姿を見せてもらったことがあるけど、子供心にもこの世の人とは思えなかったわ。

  蜂蜜色の髪に青い瞳、それはもう凛々しくて素敵だった。

  お血筋だからかしら、リリアナ様に似ていらしたわ」


 一度絵姿を見ただけというアシュラン様を思い出しているのか、うっとりと夢見るようにマリアは語っていた。


 確か、10年前に初めてリリアナ様が変化したときに、アシュラン様がグランブルグ邸に来られたと聞いている。

 しかし、私はその時はまだリリアナ様の護衛に選ばれておらず、使用人の子として離れで生活していたので、アシュラン様にお会いしたことはないし、絵姿も見たことはない。

 

 マリアの話から、レオン様に似ているように思われるが、……レオン様の祖父君、どんな方だったのだろう。


 「ああっ、わたしも行きたい! 

  どうにかして行けないかしら?

  ねえ、クロード、荷物の中に潜り込んだらダメ?」

 「ダメに決まってるだろう。何を言ってるんだ」


 留守番に納得できずに諦めきれない様子のマリアは、私の腕にすがりながら口を尖らせているが、奥様の判断に逆らえるはずも無い。

 

 マリアが行きたいと駄々を捏ねるほど豊かなオーランド領。

 レオン様に似ているアシュラン様。

 「手助けをした」との奥様の言葉。


 そこに行けば、何か変化があるのだろうか。

 レオン様に会えるのだろうか。




 私が奥様の言葉に戸惑いつつも、ほのかな希望を抱きながら過ごしている間、マリアは必死だった。


 どうしてもオーランド領に行くことを諦められないマリアは、どうにか点数稼ぎをして、リリアナ様について行っても良いとの奥様の許可を得ようと、甲斐甲斐しく働いていたが叶わなかったようだ。


 今にも泣きだしそうな恨みがましい目のマリアと、旦那様と奥様、そしてクラウス様に見送られつつ、リリアナ様と二人、馬車でグランブルグ邸を後にしオーランド領へ向かう。


 発ち際に奥様が、「あの子のことをお願いね」と私にそっと耳打ちをしたのが、ずっと心に残っていた。


 ……あの子とは、レオン様のことだろうか。

 奥様はレオン様が現れると思っているのだろうか。

 私が色々試してもダメだったのに?

 会えたら嬉しいのは勿論だが、何度も失敗したため、どうしても半信半疑になってしまう。


 「そんなに上手くいくだろうか」


 心の声がつい漏れてしまった。

 その私の言葉にリリアナ様がびくっと身を固くして、こちらを見た。


 「……え、何か起きるの? また誰かが襲ってくるの?」


 リリアナ様の怯えた様子で自分の失言に気づく。


 何度も命を狙われたことが心の傷として残っているのか、リリアナ様の前で、誤解されるような言葉を安易に発するべきでは無かった。


 「いいえ、違います。誰も襲っては来ません」

 「だって、そんなに上手くいくだろうかって言ったわ。

  違うなら、どうしてそんなことを言ったの?」


 実際に何度も襲われているリリアナ様は、どんな危険が迫っているのかと、自分が納得するまで追求する気配だった。

 だが、今は本当にそんな危険な状況には無いし、あれはレオン様に対しての言葉だったので、どうにかリリアナ様に納得してもらおうと必死に頭をひねる。


 「オーランド領は自然が豊かな土地だとマリアから聞いたので、その、釣りが出来るかなと。でも私は釣りをしたことが無いので、そんなに上手くいくかなと、つい気弱になって呟いてしまいました」


 ……これで納得してくれるだろうかと、そうっと様子を伺ってみると、リリアナ様は何故か「釣り」という言葉に異様に反応していた。


 「釣り⁉ 向こうで釣りが出来るの? わたしもしてみたい!」


 きらきらと目を輝かせて食いついてくるリリアナ様の様子に、また余計なことを言ってしまったことに気づく。


 うわ、……しまった。

 何故、釣りなんて口にしてしまったのか。

 もっと他に言い訳の仕様があっただろうに。

 釣りなんて、川なんて、リリアナ様にとって一番ダメな奴じゃないか。

 自分の阿保さ加減に呆れて、頭を抱えてしまった。


 釣り♪釣り♪と自作の歌を歌い出したリリアナ様を乗せて馬車はひたすら進んで行く。

 グランブルグ邸のある王都からオーランド領のある南へと。


 その生涯のほとんどを戦地で過ごしたという、リリアナ様とレオン様の祖父君アシュラン様は、隣国との戦で得た領地を国王から与えられて、どんどん領地を拡大していったと聞いた。

 故にオーランド領は隣国と国境を接していて、他国からの往来も多いらしい。

 国で一番とも言われるほど豊かで、いつかはリリアナ様が治めることになる土地。

 どんな所なのだろう。

 少しずつ変化していく窓からの景色を見ながら、オーランド領へ思いを馳せる。

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