68. 悪友の悪戯
こんなことくらいでは諦めない私は、次の作戦を考えた。
本がダメなら、薬草はどうだ?
レオン様は道を歩きながら薬草を探していたし、5歳の時に食べた試料の薬草がパリパリして美味しかったと言っていた。
……ならば、美味しい薬草の試料を作ってみよう。もちろんパリパリで。
しかし、私には薬草の知識もないし、書庫は立ち入り禁止になって調べられないので、庭師の二コラに協力を頼んだ。
二コラは、同じ使用人の子で離れで共に育ったので、気心が知れて頼みやすいのだ。
「……で、どの薬草が欲しいんだ?」
「パリパリして美味しい薬草が欲しい」
「はあ?」
薔薇の手入れをしていた二コラは、大きな鋏で花が咲き終わった枝をバチンッと切りながら、片眉を吊り上げて私を見た。
「……あのなあ、クロード。薬草っていうのは、美味しいとか不味いとかじゃなくて、体調に合わせて選ぶもんだ。薬草の名前を知らないのなら、せめて頭が痛いとか、腹が痛いとか、何か症状を言ってくれ」
「いや、私はどこも何も悪くないし、何の問題も無い。ただ、薬草で美味しい試料を作りたいだけだ」
「う~ん、美味しい薬草と言われてもなあ。薬草なんてどれも苦くて、そんなに美味しいもんじゃないと思うんだが」
考え込む二コラに、そこをどうにかと頼み込んで、裏庭にある薬草園の中からいくつか薬草を選んでもらった。
レオン様がどの薬草を食べたのかが分からないので、とりあえず食べても問題の無い薬草を何種類か、美味しかった時に備えて多めに分けてもらった。
豚一頭を毎日食べるレオン様のことだ。
もし薬草をレオン様好みに美味しくできたら、牛並みに食べるかもしれない。
最初から多めに準備しておいた方がいいだろう。
……さて、これをパリパリにするにはどうしたらいいのだ?
「普通は、傷んだり虫が付いたりしているのを除いて良く水洗いした後、天日干しか陰干しするんだが、大体一週間くらいはかかる」
「そんなに待てないっ」
「う~ん、ただ食べたいだけで、特に効能を求めてないのであれば、火力で急いで乾燥させるか?」
面倒くさそうに二コラが頭を掻きながら私を見る。
「効能なんて求めてない。パリパリとして美味しい薬草であればそれでいい」という私に、二コラは火を使って薬草を乾燥させる方法を教えてくれたが、これは、二コラが面倒くさそうな顔をしただけあって、実に面倒くさいやり方だった。
まず、綺麗に水洗いしてから水気を拭き取った薬草を、紐で結んでいくつかの束にする。
それから地面に深く穴を掘って、そこに火を起こして、その上に束ねた薬草を吊るす。
要するに燻すようにして乾燥させるのだが、その際に火力が強すぎて焦げたり、葉が変色しないように、火の強さと薬草との距離に注意せねばならない。
「……お前、こんなこと本当にやる気か?」
張り切ってシャツを腕まくりして、せっせと裏庭に穴を掘り始めた私を、二コラが呆れた様子で見ていた。
「面倒くさいが、一週間待つよりはマシだ。……二コラお前、暇なら手伝ってくれ。一人より二人の方が早く掘り終わるだろう」
「誰が暇なんて言ったよ。俺は忙しいんだ。そんな訳の分からない穴掘りなんて手伝えるか。お前一人でやってろ。じゃあな」
軽く手を振って二コラは薔薇園に戻って行った。冷たい奴だ。
火を起こす穴は腰の辺りまでの深さがあれば充分らしい。
「頑張って美味しい薬草を作ってレオン様に出てきてもらうのだ」と、一人で黙々と掘っていると、しばらくしてやっと腰までの深さに達した。
薪を持って来て穴の中で火を点け、その煙の当たる所に、木で簡単に作った枠に吊るした薬草を置く。
「後はこれが乾燥するまで、しばらく待つだけ」と、ほっと一息ついていると、急に強風が吹いて炎が高く上がり、薬草に火が付いた。
「……うわあっ」
あっというまに薬草は燃えカスになってしまい、また、薬草摘みからやり直しになった。
泣く泣くまた薬草園から薬草を摘んできて、一枚一枚水洗いして傷んだものを取り除き、水気を取り、紐で結んで束を作る。
何度も薬草を摘んできて吊るしては燃え、吊るしては燃えを繰り返して、日が暮れた頃、やっと一握り程のぱりぱりの薬草が出来上がった。
……出来た。
これで、やっとレオン様に会える。
私が薬草を手に感慨に浸っていると、庭の手入れを終えたらしい二コラが戻って来た。
疲れた様子の二コラは、私を見るなり驚いた声を上げた。
「……えっ、クロード、お前まだそんなことやってたのか⁉ 信じられない。あれからどれだけ経ったと思ってるんだ? うわっ、お前、顔が煤だらけじゃないか」
美味しくできたらレオン様が喜んで出てきてくれるかもしれないと、とにかく薬草を上手くぱりぱりにしたくて、自分のことなんて構っている余裕は無かった。
二コラに言われて改めて自分を見てみると、ずっと穴掘りを続けた手にはマメが出来ていて、知らぬ間に火の粉が飛んだのか、水膨れもある。
服は泥だらけ、顔は煤だらけで、我ながらヨレヨレだった。
「なあ、お前がそこまでして作ったそれ、どうするんだ? 何の為にそんなものを作ったんだ?」
ほんの一握りだけ出来上がったぱりぱりの薬草を袋につめる私を不思議そうに見ながら、二コラが尋ねた。
「これは、その、……人にあげようと思って。こういうパリパリの薬草が好きな人がいて、その……」
「ああ、女か。惚れた女にあげたいのか、道理で熱心にやってたわけだ。なるほどね。しっかし、パリパリの薬草が好きって、お前も変わった女が好きなんだな」
「いや、好きとかそういうのじゃなくて、私はただ、その、何と言うか」
「隠さなくてもいい。心配しなくても誰にも言わないって。お前の女の好みがおかしいてなんてさ」
二コラの中では「私が好きな人の為に張り切っている」と確定してしまったらしく、どんなに否定しても、それ以降は軽くあしらわれてしまった。
……そういうのじゃなくて、私はただレオン様に会いたいだけなんだ。
私の言葉を聞き入れない二コラにぶつぶつ文句を言っていると、「はいはい、分かったからさっさと片付けようぜ」と火の後始末と穴を埋めるのを手伝ってくれた。
なんだかんだ言って、良い奴なんだよな、二コラって。




