66. 芽生える希望
その後、騒ぎを聞いて駆けつけた旦那様に、エリオット王子とラリサ王女はすぐさま屋敷から叩き出された。
大切な娘に何をすると、王族といえども許せんと激怒した旦那様は、ただちに城へ行き、王妃様に二人の無体な行いを訴えた。
王太后様が大変な時に何を愚かなことをしているのかと激高した王妃様の命令で、二人はグランブルグ伯爵家に出入り禁止になった。
……これで厄介事から解放されて、肩の荷が下りる思いがする。
エリオット王子がリリアナ様に近づかなければ、アンリエッタ嬢やエミリアのような迷惑な勘違いをする輩もいなくなるだろう。
リリアナ様が命を狙われることも無くなる。
カティア様の様子からしても、レオン様がこれ以上ラリサ王女に近づくのは危険だったし、これで良かったのだ。
これでもう王族に引っ掻き回されることも無くなるだろう。
……カティア様と言えば。
ラリサ王女とエリオット王子が謝罪に来た日、何となく嫌な予感がして、あらかじめマリアに頼んでリリアナ様の虹色貴石の首飾りを外しておいてもらったのだが、その予感は正しかった。
あの時はラリサ王女の王族とは思えぬ行動に驚き、怒りに我を忘れて気づかなかったが、あの日カティア様は、おそらくリリアナ様がレオン様であるという仮説を検証しに来たのだ。
カティア様はずっと疑っている様子だった。
リリアナ様とレオン様。
あれほどの美貌がそうあちこちに存在するとも思えないだろうし、同じ造りの顔なら余程近い血縁者とか、もしや本人かと疑われても不思議ではない。
もしかしたらカリスタ邸で、リリアナ様がお茶に毒を盛られたのを察し、私に飛び蹴りをしたのを見たことが決定打だったのかもしれない。
……男のレオン様が、女装してリリアナ様のふりをしていると思ったのか。
リリアナ様の髪を引っ張って付け毛かどうかを確かめ、胸元を覗いて虹色貴石の首飾りを付けているかどうかを見て、最後に胸を触って、詰め物かどうか確認したのだろう。
カティア様は以前、レオン様はラリサ王女に相応しい、決して逃がさないと言っていた。
だからと言って、そのやり方が酷い。リリアナ様に対して、あまりにも無礼だ。
ラリサ王女の、王太后が倒れて時間が無いという言葉。
……もしあの時、リリアナ様がレオン様だと確認出来ていたら、……もしやあの王女は、いや、カティア様はレオン様をラリサ王女の伴侶にでもするつもりだったのだろうか。
……レオン様の意思を無視して?
……そんなこと絶対に許せない。
リリアナ様の気持ちを無視して、しつこく追いかけまわし、リリアナ様を危険に晒すエリオット王子に、レオン様の気持ちを無視して、勝手に伴侶にしようとするラリサ王女。
似たもの兄妹め。
出入り禁止になってせいせいする。
面倒な王族から解放されて、空を見上げながら気持ち良くぐーっと背伸びをしていると、マリアがリリアナ様が呼んでいると私を探しに来た。
昨日、ラリサ王女とエリオット王子が旦那様に追い返されてから、しばらくしてリリアナ様の意識が戻ったのだが、まだ頭がぼんやりすると言って、またすぐに眠ってしまったのだ。
お茶会で倒れ、ラリサ王女の行いが元で倒れ、二日連続で倒れたことが影響しているのだろうか。
こんなことは今までになかったので心配していたのだが、私を呼んでいると言われて、急いでリリアナ様の部屋へ駆けつけた。
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リリアナ様は、まだ寝台にいた。
体調は悪くないが、頭に軽く霞がかかったような状態で、ぼうっとするのだそうだ。
「クロード、マリアから聞いたわ。あなたには心配をかけてしまったわね。一人でも大丈夫だと思ったのだけれど、またいつものように迷惑を掛けてしまって、ごめんなさい」
寝台の側で跪く私に、リリアナ様が弱弱しく手を伸ばした。
その小さく華奢な手を両手で受け止め、力なく微笑むリリアナ様を見上げる。
「……いいえ。私の方こそ、リリアナ様にご心配をおかけして申し訳ありません。リリアナ様に止めて頂いたお陰で、王族に無礼を働かずに、旦那様やリリアナ様にこれ以上のご迷惑をおかけすること無く済みました」
リリアナ様がきょとんとした顔で私を見る。
「え…と、わたし、クロードに何かしたかしら? 何も覚えが無いのだけれど」
怒りに我を忘れた私を引き留めたのは、リリアナ様ではなかったのだろうか。
……もしや、あれはレオン様だったのだろうか。
私の手を握って、抑えろと諫めたのは、……レオン様だったのだろうか。
カリスタ子爵邸で、変化もしていないのに、レオン様は現れた。
昨日も、もしレオン様が現れたのだとしたら、変化しなくても現れることが可能なのだろうか。
……では、どうしたらレオン様は現れるのだ?
……もしかして、どうにかしてレオン様を呼び出して、また会うことが出来る?




