63. 独占欲強め男子
なかなか意識の戻らないリリアナ様を抱きかかえたまま、馬車でグランブルグ伯爵家へ戻る。
マリアは自分がリリアナ様の体を支えると言ったが、意識が無く体に力の入っていない状態で、もし馬車が揺れたりしたら危ないからと言って私が譲らなかった。
リリアナ様に何かあったらどうする気だと言い張る私に、マリアは渋々引き下がる。
「もし急に馬車が揺れたら、危ない」と心配する気持ちは、決して偽りではない。
けれども本音を言うと、それよりも私の心の中を占めていたのは、少しでもレオン様の近くに居たい、少しでもレオン様を感じていたいという気持ちだった。
……あの時、私を蹴り飛ばしたのは、きっとレオン様だ。
カリスタ子爵邸でエミリアに襲われそうになった私を助けてくれたのは、きっとレオン様だ。
……最後に会ったあの日から、ずっと、レオン様のことが気になって、心から離れなかった。
ずっと会いたくて、自分がレオン様にしてしまったことを謝りたくて、そればかり考えていた。
でも、どうしたら会えるのかが分からずに、半ば諦めていた。
それなのに、レオン様は出てきてくれた。
変化もしていないのに、リリアナ様の姿のままで、レオン様は出てきてくれた。
……嬉しい。
また会えて、嬉しい。
レオン様はあのまま意識を失くしてしまったが、目覚めた時、どちらが現れるのだろう。
リリアナ様? それとも、リリアナ様の姿のままでレオン様の意識がまた現れるのだろうか?
私の腕の中で眠り続けるリリアナ様を見る。
あの澄んだ大きな青い瞳は今は静かに閉じられて動かない。
目覚めた時に、この瞳がどのように動くのか、淡い期待に胸がときめく。
ほんの一瞬でもレオン様が現れたことで、知らぬ間に私の頬は緩んでいたらしく、マリアが私を見ながら意外そうに言う。
「……あなたって、リリアナ様にそんな優しい顔をするのね。初めて見たわ」
「……え?」
「とても大切そうに、愛おしそうに見てる。……なるほどね、自分がリリアナ様を預かると言って譲らないわけだわ」
……愛おしそうに?
「何を言ってるんだ? 私がリリアナ様に対してそんな不埒な思いを抱くような人間だと思っているのか? 見損なうな」
その的外れな言葉を、勘違いされないように即座に否定したが、軽く肩を竦めてマリアは聞き流した。
マリアは良い奴だが、何でもかんでも話をそういう方へと持っていこうとするのが、困りものだ。
リリアナ様はまだ目覚める気配が無かった。
レオン様とリリアナ様、どちらが現れるのかドキドキしながら待ちつつ、ふとカリスタ子爵邸でのレオン様の言葉を思い出した。
私に飛び蹴りして、よそ見をしたら許さないとレオン様は言った。
……よそ見って、何だろう?
私がエミリアに襲われかけていることに気づかなかったことを、注意力が足りないと怒られたのか?
それとも、リリアナ様のお茶に薬を盛られたことに気づかなかったことを、護衛失格だと責められたのか?
ちゃんと仕事をしろと蹴られたのだろうか?
言われてみればどれも正しいような気がして、考えれば考えるほど自分では判断がつかなくなり、マリアに聞いてみることにした。
「……なあ、よそ見って、何だと思う?」
「はあ? 急に何を言ってるの?」
いきなり訳の分からないことを言い出すなと、マリアが怪訝そうな顔をする。
「もしお前だったら、よそ見したら許さないって相手を蹴り飛ばすって、どういう状況だと思う?」
「何よ、それ。他の女を見るなってことじゃないの?」
マリアはさも簡単なことのようにあっさりと答えたが、それは私には想像もつかない、斜め上の意見だった。
「例えば、自分の恋人が他の女に見惚れて、心ここにあらずなようなら、よそ見するなって蹴り飛ばすかもね」
「……他の女に見惚れて?」
「そうよ。……そうね、例えばこの前、あなたはリリアナ様にずっと見惚れていたでしょう。もしわたしがあなたの恋人なら、そりゃあ気分悪いわよ。自分の目の前で、恋人が自分以外の女に心奪われてるんだもの。イラッと来て、よそ見するなって蹴り飛ばして一気に修羅場が始まるわね」
そう言うとマリアは、面白そうにからからと笑いだした。
……私がリリアナ様に見惚れて、レオン様がイラッとした?
……そんなこと。だってリリアナ様はレオン様なのだから。
私がリリアナ様に見惚れていても、それはレオン様に見惚れているのと同じことじゃないのか? 違うのか?
他人の修羅場って面白いわよねと勝手に話を続けているマリアに、それとなく更に聞いてみた。
「……じゃあ、よそ見するなって蹴り飛ばして、無理やりキスするとか。どう思う?」
「うわっ、何その女、独占欲強すぎじゃない?」
マリアは目を見開いて、軽く引いているようだった。
「あんまりそういう独占欲の強い女とか、気性が激しかったり、愛情が深すぎるような女と付き合うと色々と大変だから、最初から関わらない方がいいわよ」
……独占欲が強くて、気性が激しくて、愛情が深いって、全部レオン様じゃないか。
思わず苦笑してしまう。
皆に私が自分のものだと分かるようにと私のマントに刺繍したり、自分のものだから私を他の者には触らせないとむくれたり。
怒って私に頭突きしてきたり、かと思えば泣いて抱きついてきたり、知らぬ間に流していた私の涙を舐めたり。
死の恐怖を引きずっていた私をずっと抱きしめてくれていたり。
……あの時のレオン様の温もりが、私の胸に腕に心に蘇ってくる。
「……いいんだ。私はそういう人が好きだから」
自分の胸に温かい気持ちが溢れてくるのが分かった。
静かに眠り続けるその体を支える腕にそっと力が籠る。




