61. 黒縁眼鏡のメイドの正体
「レオン様! お怪我はありませんか?」
何が起きたのか分からず、混乱した様子でこちらを見ていたラリサ王女が、リリアナ様が意識を失い倒れたのを見て、慌てて東屋から出てきた。
……もはやこの王女は隠すのも忘れて、レオン様の名を読んでいる。
ラリサ王女の後ろからついてきたカリスタ子爵夫人が、「レオン? 殿下は誰のことを仰っているの?」と首を傾げていることすら気づいていないようだった。
意識の無いリリアナ様を抱き起してその体を支えているマリアも、心配そうにリリアナ様の顔を覗き込むラリサ王女を、不思議そうな顔をしてい見ていた。
まあ、マリアも意地悪されていたときしか知らないから、このラリサ王女の変わりっぷりについて行けないのも仕方ないよな。
「……う…ん」
頭を打って気絶していた元黒縁眼鏡のメイドの意識が戻ったらしく、微かに声を上げた。
顔をしかめて後頭部をさすりながら体を起こしたメイドは、側に落ちていたナイフを見て状況を察したらしく、そのナイフを再び取ろうと手を伸ばしたが、それよりも先に私がその手を掴まえて後ろにひねり上げた。
メイドが呻き声を上げて私を睨む。
私がそのメイドを後ろ手に捕まえていると、ふとこちらに視線をやったラリサ王女の顔が、驚愕の表情に変わった。
信じられないと言わんばかりに頭を振ったラリサ王女は、こちらに近づいてきて、私が後ろ手を捉えたままのメイドのまとめてあった髪を解いた。
解けたピンクの髪が顔にかかる。
きゅっときつく下唇を噛み、ラリサ王女を睨みつけている少女は、しでかしたことはともかく、顔立ちだけならとても美しかった。
それでもまあ、リリアナ様には敵わないが。
「……エミリア、あなたがどうして?」
……エミリア? ラリサ王女はこのメイドを知っているのか?
私の不思議そうな顔に気づいたらしいラリサ王女が、目を伏せて苦々し気に呟いた。
「……兄が、エリオットお兄様が、以前お気に入りだった子よ」
……なんとっ、エリオット、またお前かーーーー!
アンリエッタ嬢だけでなく、エミリアとか言うこの少女も、あのエリオット王子のせいでリリアナ様を逆恨みするのか。
エリオット王子のにやけた顔が脳裏に浮かぶ。
……あいつ、今度会ったらどうしてくれよう。
二度では収まらず、三度もエリオット王子のせいでリリアナ様が命を狙われたことに腸が煮えくりかえりそうになる。
「エミリア、何故、あなたがここにいるの? レオン、いえ、リリアナに何をしたの?」
「……何をって、わたしはここでただ働いていただけよ。命じられてお茶を入れただけじゃないの。あなたに文句を言われる筋合いはないわ」
うそぶくように言い、ぷいっと顔を背けたエミリアの前にティーカップを持ってラリサ王女の侍女カティア様が進み出た。
「リリアナ様のお茶に、どんな細工をしたのです?」
「言いがかりはよして頂戴。わたしはただのメイドよ。お茶を入れろと命令されたから入れたまで。それを何故、責められなければいけないのよ」
「それなら、お前が飲んでみなさい」
嘲笑う様子のエミリアに、冷たい笑みを浮かべたカティア様が、無理やりその口をこじ開けてティーカップのお茶を注ぎ込み飲ませた。
「……い、いやっ、やめてっ、げほっ、死にたくないっ!」
カティア様に無理やり飲まされたお茶を、むせて吐き出したエミリアは涙声で叫び、ラリサ王女ドレスにすがりつき助けを求めた。
「解毒薬は貰ってないのっ。お願いっ、まだ死にたくないっ。助けてっ……!」
嫌悪と憐憫の混ざったような表情でエミリアを見ながらラリサ王女が尋ねた。
「……助けて欲しければ、自分がしたことを正直に話しなさい」
飲み込んでしまったお茶をどうにか吐き出そうとして、必死に自分の口に指を突っ込んでえずいていたエミリアは、ラリサ王女のその言葉に振り向いて、まるで一縷の望みにすべてをかけるように、ラリサ王女のドレスにすがりついて堰を切るように話し始めた。
「リリアナのお茶に薬を入れたわっ。何の薬かは知らない。でも、すぐに死ぬって言われた。解毒薬は貰ってないの。ねえっ、全部話したわっ。早く助けてっ。死にたくないっ…!」
「お前に飲ませたのは、ただのお茶よ」
涙を流し取り乱しながらラリサ王女に助けを求めるエミリアに、カティア様が突き放すように冷たく言う。
「毒なら、とっくに死んでいるわ。……誰に唆されて、こんな愚かな真似をしたの? お前に薬を与えたのは誰?」
カティア様に毒を飲まされたと思い込み、ラリサ王女に助けを求めてすがりついていたエミリアは、それが毒ではなく、ただのお茶だったと知り、腑抜けたようにその場に座り込んだ。




