60. 僕のものだ
……え、意味が分からない。
リリアナ様が何故、飛び蹴り? しかも、何故、私が蹴られる?
混乱する私の元にゆっくりとリリアナ様が歩いてきて、私の襟首をがしっと掴んだかと思うと自分の方へ強く引き寄せて、私の目を睨みつける。
その怒りに満ちた眼差しの理由が分からずに唖然としていると、リリアナ様が顔をしかめて、苦しそうな絞り出すような声をあげた。
「……よそ見なんか、許さないっ……!」
そう言うと私の襟首を掴んだまま、強引に口づけた。
強く強く自分の唇を私の唇に押し当てるリリアナ様に、何が起きているのかまったく理解が追いつかない私は、ただされるがままになっていた。
……リリアナ様は、何を、しているのだ? 何故、急に、こんな……。
突然のリリアナ様の理解不能の行動に混乱し呆気に取られていると、マリアが東屋から出て、こちらに向かって来ているのが見えた。
……リリアナ様とキスしているところを見られる、まずいっと焦っていると、リリアナ様の体が急にふにゃりと崩れて、唇が離れた。
慌てて、崩れたリリアナ様の体を支えて腕に抱えていると、リリアナ様が倒れたのを目にしてマリアが駆け寄ってきた。
「リリアナ様!」
リリアナ様は気を失っていた。
力無くぐったりとしたリリアナ様の体をマリアの手に預けて、私は意識のないまま倒れているピンクの髪のメイドに近寄ってみた。
……何の恨みがあって、あんな目で私を見たのだろう。リリアナ様に害を為そうとしたのだろう。
私はこんな少女に会ったことも無いし、それはリリアナ様だって同じはず。
不可解なその状況に首を傾げていると、倒れている少女の手から少し離れた所にナイフが落ちていた。
……この少女はナイフを隠し持っていたのか。
……もしや、さっきのリリアナ様の危ないという声は、私がこのナイフで襲われそうになって助けてくれたのだろうか。
いや、それなら何故、私が蹴られる?
普通、助けようとするのなら、危害を加えようとしている方を蹴るのではないのか?
この場合、ナイフを手に私を襲おうとしていたこの少女を蹴り飛ばすべきだろう?
それなのに、何故、私が蹴られるのだ?
しかも、リリアナ様が、だ。
レオン様が飛び蹴りするなら、まだ理解できる。何度もやられたから。
…………何度も、やられた。……レオン様に。
……え、レオン様?
もしや、レオン様なのか?
あの飛び蹴りは、レオン様なのか?
マリアに支えられたまま、ぐったりとして意識の無いリリアナ様をみる。
いや、でも、変化してない。雨も降ってない。水に濡れてない。あれはリリアナ様だ。レオン様じゃない、間違いなくリリアナ様だ。
……あ、では、あのキスは?
リリアナ様があんなことをするとは思えない。
あの内気で恥ずかしがり屋のリリアナ様が、私の襟首を掴んで強引にキスするなんて、今でも信じられない。有り得ない。
でも、レオン様なら、……有り得る。
あの自由で気まぐれなレオン様なら、私の意思なんて関係なく、強引にキスしてきても不思議じゃない。
それに。
……いつも、あんな風に私の襟首を掴んで、強引に引き寄せるのは、レオン様だ。
……いつも、あんなに激しく自分の感情をぶつけてくるのは、レオン様だ。
あれは、きっとレオン様だ。
抑えていた感情が一気に溢れてきて堪らずに漏れてしまいそうで、思わず自分の口を塞ぐ。
会いたかった会いたかった会いたかったっ……。
ずっと会いたくて、頭から離れなくて、どうしたら会えるのかと、そればかり考えていた。
ずっと会いたくて、でも会えなくて。
……やっと、会えた。出てきてくれた。
レオン様。




