59. こんなことするのは、あの子しかいないよね
カリスタ子爵夫人の案内で、客人たちがそれぞれ席に着いた。
……リリアナ様の席はラリサ王女の隣だった。
カリスタ子爵夫人への根回しを済ませていたのか、先手先手を打ってくる侍女はすました顔でラリサ王女の後ろに控えている。
リリアナ様がレオン様だと絶対にバレないように、気を引き締めねば。
どこまで感づかれているのかは分からないが、それでも今ここにいるのは間違いなくリリアナ様であって、レオン様ではない。
突然の雨さえ降らなければ、水に濡れることさえなければ、慌てることはない。
だが、肝心のリリアナ様もマリアも、その秘密については知らない。
知っているのは私だけだ。
私が、リリアナ様の秘密をラリサ王女にもこの侍女にも知られないように、上手く立ち回らなければならない。
カティアと言うラリサ王女の侍女を悟られないように警戒しつつ、リリアナ様の少し後ろに控える。
壁に弦を這わせて薔薇の香りに満ちた東屋の中で、お茶会が始まった。
カリスタ子爵夫人の横にラリサ王女、そのラリサ王女の横にリリアナ様。あと二人、どこぞの令嬢が招かれてその席に居たが、以前に狩場で見かけたような気がするので、ラリサ王女と親しくしている令嬢なのだろう。
メイド達が会話を弾ませている客人に順番にお茶を給仕していく。
庭の花の開花に合わせてお茶会を開催し、エリオット王子やラリサ王女も時々訪れていると言うだけあって、カリスタ子爵家のパーラーメイド達は慣れた様子でそつなく動き回っている。
しかも、見目の良い者ばかり集めているようで、一人だけ分厚い黒縁眼鏡をかけた場違いなメイドがいるが、それ以外のメイド達は立派に役目を果たしお茶会に花を添えていた。
「ここに、もし美しいものに目が無いと言うエリオット王子がいたら面倒くさそうだな」などとぼんやり考えていると、カチャンッと器のぶつかる音がした。
音のした方に視線をやると、カリスタ子爵夫人が心配そうにリリアナ様を見ていた。
「どうかなさいまして、リリアナ様? 何か、お気に召さないことでもございましたかしら?」
リリアナ様がお茶を飲もうとして、うっかり零してしまったらしく、マリアが慌てて前に出て、火傷をしていないか、ドレスが汚れていないか確認していた。
横に座っているラリサ王女は心配そうにリリアナ様の顔を覗き込んでいる。
「……レオン、いえ、リリアナ。大丈夫?」
今、はっきりレオンって言いましたよね?
……完全にばれてるし。
いや、でも今はまだリリアナ様なのだから、大丈夫! ばれてない! 誤魔化す!
「……あ、わたくし、急に手が震えてしまって……無作法をお詫び致します。申し訳ございません」
「火傷などされてなければ、それで宜しいのですよ。すぐに替わりを準備させますね」
カリスタ子爵夫人が優しく微笑み、替わりのお茶を入れるように言いつけると、まだ不慣れなのか、黒縁眼鏡のメイドがぎこちなくリリアナ様の前にお茶を置いて後ろに下がった。
「さあ、どうぞ」
カリスタ子爵夫人が笑顔でお茶を勧めるが、リリアナ様は一向に手を付けようとしない。
「レオ、いえ、リリアナ? どうしたの?」
またレオンと呼んだよね、などと言っている場合じゃない。
マリアが助けを求めるように私の顔を見た。
慌てて前に出てリリアナ様の顔を覗き込むと、目がうつろで、膝の上に重ねて置かれた両手が小刻みに震えていた。
「……リリアナ様?」
その異様な様子に、どうしたことかとマリアと顔を見合わせていると、ゆっくりと後ずさってその場から離れようとしている黒縁眼鏡のメイドが視界に入った。
……怪しい。
「マリア、リリアナ様を頼む」
私の言葉に驚くマリアにリリアナ様を預けて、走り出した黒縁眼鏡のメイドを追いかける。……逃がすかっ。
手にしていたトレイも放り投げて逃げるメイドに追いつき、その後ろ手を掴んだ。
「待てっ! リリアナ様に何をした⁉ 何故逃げるっ?」
捉えた黒縁眼鏡のメイドを手を引き寄せ、こちらを向かせて両肩を掴み、問い詰める。
すると、勢いよくこちらを向かせた拍子にメイドがつけていた黒縁眼鏡が外れて地面に落ちた。
……何と。
……場違いなメイドが一人いるとばかり思っていたが、他の見目の良いメイド達と比べても飛びぬけて美しい少女だった。
まとめていたピンクの髪が少し乱れて顔にかかり、その髪の隙間から私を睨みつける淡い茶色の瞳が見える。
……誰だ、この少女は?
私は見覚えもないし、こんな目で睨まれる覚えも無い。
それに、この少女はリリアナ様に何をしたのだ? お茶に何かを入れたのか? 何故、逃げたのだ?
私が目の前にいる少女の肩を強く掴んで問い詰めようとした時、背後から声が聞こえた。
「……クロード、危ないっ!」
私がその声に振り返ろうとしたその瞬間、背中に強い衝撃を感じ、両肩を掴んで問い詰めようとしていたピンクの髪のメイドごと前につんのめって倒れこむ。
「……痛っ……!」
受け身が取れなかったピンクの髪のメイドは地面に頭を打ち付けたらしく気を失っていた。
私はメイドの上に乗っかる状態で倒れたので怪我はないが、背中が痛い。
……何だったのだ、今の衝撃は?
痛む背中をさすりながら振り返ると、そこには肩でぜいぜい息をするリリアナ様がいた。
……え、見覚えがあるこの光景、この衝撃。
……もしや、今のは飛び蹴り⁉ リリアナ様が⁉
リリアナ様が飛び蹴り⁉




