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58. あなたでしょう?

 庭いじりが趣味と言うだけあって、カリスタ子爵夫人の自慢の庭は色とりどりの薔薇が咲き乱れ、濃厚な香りで満ちていた。


 門をくぐるとすぐに、何連も続く大きな薔薇のアーチがあった。

 大輪の淡いピンクと濃いピンクの二種類の薔薇をアーチに這わせ、その足元には白や紫の香りの良い花が植えられていて、人が近くを歩くと葉や花に触れて香りが立つようになっていた。


 カリスタ家の執事に案内されて、甘い花の香りを嗅ぎながら、その何連も続く薔薇のアーチの下を通り、それからしばらく行くと緑の屋根の東屋があり、そこにお茶や菓子の用意がされているようだった。


 既にラリサ王女は到着していて、東屋の壁に這わされた深紅の薔薇を眺めながら、誰かと話をしており、私達を案内してくれた執事がその女性の元へ行き耳打ちをした。

 ということは、この女性がカリスタ子爵夫人なのだろうか。


 奥様よりも少し上くらいの年齢か、ミルクティのような柔らかい色合いの髪を高く結い上げたその女性は、人柄の良さが伺える穏やかな笑みを浮かべて、ラリサ王女と一緒にこちらへ歩いてきた。


 「久しぶりね。リリアナ。元気そうで何よりだわ」

 「お久しぶりでございます、ラリサ王女殿下。本日はお誘いいただきまして、ありがとうございます」

 「リリアナ、こちらがカリスタ子爵夫人よ」


 リリアナ様との挨拶を終えたラリサ王女が横にいる女性をリリアナ様に紹介すると、その女性は少し目を細めて優しそうな表情でリリアナ様を見た。


 「本日はお招きいただきまして、ありがとうございます、カリスタ子爵夫人。わたくしはグランブルグ伯爵の娘、リリアナでございます」

 「ようこそいらっしゃいました。リリアナ様。お初にお目にかかります、わたくし、カリスタと申します。リリアナ様のお噂はエリオット殿下やラリサ殿下からいつも伺っておりました。お会い出来て大変嬉しゅうございます。今日はどうぞ楽しんでいらしてくださいませ」

 

 落ち着いた柔らかな口調でそう言うと、カリスタ子爵夫人はそっとラリサ王女に目配せをして後ろに下がった。


 ラリサ王女は小さく「ありがとう」と言うと、ゆっくりと視線をリリアナ様に向け、何やらたどたどしく話しかけた。


 エリオット王子が「自分が狩りを無理強いしたせいで寝込んだと気にしている」と話していたが、ラリサ王女のリリアナ様に対する態度は以前とはまったく違っていた。

 

 チラッチラッと何度もリリアナ様の顔を見ているのに、目が合いそうになると恥ずかしそうに逸らしたり、会話が途切れてもその場を立ち去ろうともせずに、もじもじしていた。


 ……そういえば、何となくいつもとラリサ王女の雰囲気が違う気がする。

 念入りに手入れをしたのか明るいオレンジ色の髪は光沢があり、明らかに時間をかけて丁寧にくるくると巻かれていた。

 細く吊り上がっていた眉は、少し太めになだらかに修正され、以前のような陰険な印象は消えている。

 控えめながら化粧を施しているらしく、以前は目尻が吊り上がって気が強そうな気難しそうな印象を与えていたが、涼し気で知的な印象に変わっていた。

 

 リリアナ様と言い、ラリサ王女と言い、このくらいの年頃の女性はほんの少し化粧を施しただけで、こんなにも変わるのかと、その変わりように驚いてしまう。


 ……ん、ちょっと待て。

 ラリサ王女がつけているイヤリング。

 鮮やかなオレンジの花に、黄色と白の花を足し、アクセントに赤の小花を差した花冠の形。

 これって、もしかして、レオン様がラリサ王女に贈った花冠じゃないのか? 

 花冠自体は蜂に襲われたことでレオン様が捨ててしまったが、もしやあれを元にイヤリングを作らせたのか。こんな短期間で……さすがは王族。


 ……え、ちょっと待て。

 その花冠のイヤリングを、何故、今日つけているのだ?

 今日ここに来るのはレオン様じゃないぞ、リリアナ様だぞ。分かっているのか。


 変に思われないようにさりげなくラリサ王女に視線をやると、「また会えて嬉しい」という気持ちが駄々洩れの恋する乙女の顔をしていた。


 ……なんだ、この表情は。

 これは、レオン様向けの顔じゃないのか?

 ここに居るのはリリアナ様だと分かっているはずなのに、変化もしていないのに、何故、レオン様だと勘違いしているのだ? 勘違いじゃないけど。


 ふと、ラリサ王女の背後から私に向かってくる強い視線に気づいて、そちらを見るとカティアとか呼ばれていた、あの出来る侍女が私を無言で見ていた。


 ……こいつかーーーー!


 この侍女がラリサ王女に何か余計なことを吹き込んだのだと、やっと理解した。

 しかし、今日のリリアナ様を見ても、これ程美しく装ったリリアナ様を見ても、……それでもレオン様だと、男だと疑うのか、この侍女は。信じられない。

 だが、もし本当にレオン様だと疑っているのならば、これは相当まずい状況なのではないだろうか。


 リリアナ様が招待されたお茶会に、レオン様が贈った花冠のデザインのイヤリングをつけて着飾って現れたラリサ王女。

 会話が終わっても側を離れずに、リリアナ様に対して思わせぶりな視線を送り続けているラリサ王女。

 背中を冷汗がたらりと流れる。


 ……印象が違うとはいえ、レオン様とリリアナ様は同じ造りの顔だし、私も多少は髪形や服装を変えたりして頑張って誤魔化しているつもりだが、常に似たような外見、名前の護衛が側にいたら、そりゃあ疑われるよなあ。

 それでも気づかないで欲しかった。


 急に自分に対するラリサ王女の態度が変わって戸惑うリリアナ様と、リリアナ様がレオン様だとすっかり思い込んで甘える素振りのラリサ王女と、それに「ばれているぞ」と言わんばかりの視線を私に送ってくる侍女。


 ……どうやって、この場を切り抜けよう。

 ……どうやって、誤魔化したらいいのだろう。

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