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57. 花に見惚れる護衛

 カリスタ子爵夫人のお茶会の開催される日になった。


 もし雨が降って、万が一にも大勢の前でリリアナ様が変化することがあればどうしようと密かに案じていたが、それは杞憂に終わった。

 今日は雲一つない快晴で、カリスタ子爵夫人の自慢だという薔薇園を訪れるには良い天気になった。


 マリアは朝から部屋に閉じこもって、張り切ってリリアナ様の支度をしている。


 「準備が出来るまで部屋には立ち入り禁止」と言われて、一人でドアの前で待っていると、リリアナ様が部屋から出てくるのを待ちきれない旦那様がそわそわしながら奥様とクラウス様を連れてやって来た。


 「まだ準備が出来ないのか? どれだけ時間をかける気だ? 嫁に行く準備でもしているのか? 私は嫁になんかやるつもりはないぞ」


 待ちかねすぎて妙なことをぶつぶつ言っている旦那様に、ちょっとは落ち着きなさいと奥様が呆れていると、やがて部屋のドアがゆっくりと開いて、中からリリアナ様とマリアが出てきた。


 「……リリアナ」

 「……まあ、とても素敵。ドレスもその髪形も良く似合っているわ、とても綺麗よ、リリアナ」


 リリアナ様は、淡いピンク色の軽く柔らかな生地がふんだんに使われたドレスを纏い、まるで春の花の精がそこに現れたかのように思えた。

 普段はゆったりと下ろしている長い髪を、今日は顔周りの髪だけを結い上げて、そこに白い小花の飾りを幾つか差していた。


 ……髪を少し結い上げただけで、こんなにも変わるものか。


 あどけない可憐な少女だったリリアナ様が、いつもよりも大人びて見えた。

 私の知らない年頃の美しい女性が目の前に立っていた。


 髪を結い上げたことで、リリアナ様の無駄のない顔の輪郭や細い首、首から肩にかけてのなだらかな線や白い肌が強調されて、とても女性らしい美しさに満ちていた。


 少しだけ化粧をしているのか、ほんのりと頬が薔薇色に染まり、唇が艶やかに潤っていて、まるで、可憐な白い花が大輪のピンクの薔薇に変わったかのように思えた。


 その代わり様に言葉を失くして、その場に立ち尽くしていると、リリアナ様が私の視線に気づいて、嬉しそうにはにかむように微笑んだ。


 その微笑みは、まるで大きく膨らんだ花の蕾が、一気に開いて香り立つようだった。

 

 マリアが私の横での勝ち誇ったような顔をしているのが癪に障るが、だがこれには何も言えない。


 「どう?」

 「マリア、お前って優秀な侍女なんだな。改めて思い知ったよ。すごいな」

 「ふふっ、褒めてくれてありがとう。でも、私はお嬢様が元々持っている魅力をちょっと引き出すお手伝いをしただけよ。どう? これで超鈍感男もそろそろ恋に目覚めるんじゃないかしら?」

 「何言ってるんだ、お前?」


 意味不明なことを言いだしたマリアに呆れつつ、旦那様や奥様と話をするリリアナ様を少し離れて見る。


 リリアナ様が5歳の時に護衛に選ばれて以来、私はずっとお側に仕えている。

 実を言うと、リリアナ様に対して密かに胸が高鳴った時もある。

 ……子供の頃の話だが。

 しかし、祖母から「お嬢様に恋してはいけない」と言われ、ひたすら己の仕事に専念しているうちに、いつしかそんな馬鹿なことは考えないようになった。


 身分違いは承知だが、今ではまるで妹のように思える時すらたまにある。


 この命に代えてもお守りしようと決めた大切な方。

 いつの間にか、こんなにもあでやかに美しく成長されていたのだなと、10年と言う月日の長さを思い知る。


 旦那様や奥様と話をしているリリアナ様が私の視線に気づいて、時折笑みを投げてくるのだが、まるで甘く香しい大輪の花が咲き誇っているようだ。


 元から整った顔立ちのリリアナ様だが、女性と言うのはこんなにも変わるものなのか。

 あの小さな女の子が…と感慨にふけり、リリアナ様から目が離せずにいる私の脇をマリアが肘で軽く小突きながら囁く。


 「ちょっとクロード、見惚れ過ぎよ。そんな調子で、ちゃんと護衛が務まるの? 大丈夫?」

 「……え、あ、ああ」

 「でも、あなたのそんな様子を見ていると、頑張りが報われた気がして本当に気分がいいわ。ふふっ」


 上機嫌でリリアナ様の元へ行くマリアの後をついていき、旦那様と奥様に挨拶を済ませて待たせていた馬車に乗り込む。


 さあ、お茶会へ出発だ。

 

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