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56. あなたのいない日常

 旦那様の許可が出ると、グランブルグ伯爵邸は一気に忙しくなった。

 

 5歳の時に突然レオン様に変化してから、旦那様の命により外出することの無かったリリアナ様が初めてお茶会に参加することを喜んだ奥様が、気合を入れてその準備を始めたのだ。


 可愛い娘の初めてのお茶会、それも王族の招待での参加。

 伯爵家の娘として恥ずかしくないよう支度をしなければと大張り切りだった。


 普通の貴族の家ならば、娘が年頃になればデビュタントに備えたりするものなのだろうが、その特殊な体質故になるべく人目を避けるように暮らしていたリリアナ様は、今までこういうことには縁が無かったのだ。


 だが、いざ参加するとなれば、そこは地位も名誉も金もあるグランブルグ伯爵家。

 すぐに王都で評判の仕立て屋を屋敷に呼んで、リリアナ様のお茶会用のドレスを大急ぎで作らせて、そのドレスに合わせた装飾品を選んだり、髪形を考えたり、それはもうあれやこれやと毎日目の回る忙しさだった。


 慣れないことにあたふたしながらも、皆は楽しそうに動き回り、屋敷は華やかな雰囲気に包まれていた。

 

 それはマリアも同じで、あまり力を入れ過ぎてラリサ王女を超えることのないように気を遣いつつも、うちのお嬢様が一番素敵に決まっていると言いながら、嬉しそうに支度を整えていた。


 「ねえ、クロード。仕立て屋に注文したあのドレスにはどちらの髪型が似合うと思う?」


 マリアが私に、リリアナ様の髪型について意見を求めてくるが、そんなこと私に分かるわけないだろう。

 髪を上げるのと、下ろすのと、どっちがいいかとリリアナ様の髪を櫛で梳かしながら返事を待っている。


 「お嬢様の髪は艶があってとても綺麗だから、このまま下ろしていても素敵だと思うの。でも、せっかくの機会だから、ドレスに合わせて普段と違う髪型も試してみたい気もするのよ。あなたは、どう思う?」

 「さあ、私にはよく分からないが、何も小細工をしなくても、そのままでリリアナ様が一番お綺麗だと思う」

 「それは分かっているの。でもね、お嬢様の初めてのお茶会だから、精一杯出来る限りのお手伝いをしたいのよ」


 私には手荒い扱いが多いが、リリアナ様に対してはマリアは忠誠心が厚い。

 いつもリリアナ様のことを思い、リリアナ様の為に動く、忠実な侍女だ。

 己の主に対するそういう思いが同じで、なんだかんだと私たちは気が合うのだ。

 ……まあ、時には首を絞められたり、殴られたりするが。


 「意見を求められても、私には分からないし、そういうことは苦手だからマリアに任せるよ。私はリリアナ様をお守りする方に専念する」


 そう言って、お茶会用のバッグやアクセサリーや小物が所狭しと広げられた部屋の中を移動し隅へ引っ込んで、壁にもたれながら、ああでもないこうでもないと楽しそうな様子のリリアナ様とマリを眺めていた。


 ……ここは平和だな。


 突然知らぬ男に襲われて馬車に閉じ込められ、火を点けられ、道を爆破され、崖を飛び降り……。

 命懸けでリリアナ様をお守りしたほんの数日前のことが嘘のように、平穏な時間が流れていた。


 穏やかな、幸せな時間。

 何事も無く、きっとこれからもずっとこんな時間が続いていくのだろう。


 ふと、レオン様の顔が脳裏に浮かんだ。


 口いっぱいに豚肉を頬張って美味しそうに食べる顔。

 ぷうっとむくれた顔。

 私を見つけて嬉しそうに駆け寄ってくる顔。

 すぐ目の前にある大きな青い瞳。

 

 ……レオン様。


 ……会いたい。


 レオン様の将来を自分が奪ってしまったと悟った時、レオン様から責められるのが怖かった。逃げ出したかった。

 私を見るレオン様の無邪気なあの瞳が、あの笑顔が、一瞬にして凍り付いて、お前のせいですべて失ったのだと冷たい目で見られるのが怖かった。


 ……でも、今は、責められてもいい。罵られてもいい。

 ただ、会いたい。


 自分が犯した過ちは必ず償う。

 だから。

 

 もう一度、レオン様に会いたい。

 声が聴きたい。

 あの温もりを感じたい。

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