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55. 与えられた回復薬

 リリアナ様からカリスタ子爵邸でのお茶会の話を聞いた旦那様は、リリアナ様が独断でその招待を受けてしまったことに驚いていた。


 以前の狩場でのこともあり、ラリサ王女が参加するお茶会など何があるか分からない、前もって知っていれば、せめて一言相談があれば、自分が絶対に断ったのにと、苦虫を潰したような顔をしていた。


 しかし、お茶会に参加してラリサ王女と仲良くして欲しいとエリオット王子から直接頼まれたことや、ラリサ王女が自分が無理に狩りに誘った為にリリアナ様が体調を崩して寝込んでしまったと気に病んでいると聞いて、受けてしまったものは仕方が無いからと、渋々お茶会に参加することを許可した。


  それでもやはり、リリアナ様の外出は気が進まないようで、いつまでもぶつぶつと独り言を言っていた。


「……どうしてあの王子は毎回、私のいないところでリリアナを連れ出そうとするのだ。まったく」


 ** 


 アンリエッタ嬢の乳兄弟に襲われた際に火の粉を浴びて、あちこち焼け焦げたマントの代わりに新しいマントを持って、クラウス様と共に私の所に来た。


 確か以前に、奥様が我が子を守る為なら金に糸目は付けないと言っていたが、破けたり焼け焦げたりしたとはいえ、これほど高価なマントの代わりが次々に出てくるグランブルグ伯爵家の財力に驚嘆する。


 ……これほどの財力。

 あの時、河原で死にかけた私にキオウを与えたのは、やはり旦那様ではないのだろうか。

 意識の無い私とレオン様をあの場に残して、旦那様が立ち去るとは思えないが、それでもこれほど財があり、私を助けてくれる貴族は旦那様以外に思い浮かばない。


 旦那様はお茶会のことで浮かない様子ながらも、私の肩にぽんと手を置いて言葉を掛ける。


 「クロード、お茶会のあるカリスタ子爵邸は王都の中だから、それほど危険は無いと思うが、万が一と言うこともある。リリアナのことは頼んだぞ。何事も無いよう守り、連れて帰ってくれ」


 クラウス様から差し出された新しいマントを受け取る。


 …あ、前回より軽い。


 火の粉を浴びてあちこち焼け焦げた前回のマントは激重で、付けると肩に旦那様の期待がずしっと圧し掛かるようだった。

 川に落ちて水気を含んだ時には一瞬ふらつくほど重かったが、それよりはだいぶ軽く、多少は無言の重圧から解放された気がする。


 新しいマントが出来上がってくるたびに前回のとどう違うのか気になるが、私の為の特別仕様らしいので有難くそれを受け取ると、私がその新しいマントを付け終わったのを見て、クラウス様が筒状の小瓶を二つ私の前に差し出した。


 「これは?」

 「回復薬。リリアナ様とお前の分だ。これまでは、まさか火をくぐり崖を飛び降りるなどと想像もしなかったからマントだけ特別に誂えて渡していたが、今後は回復薬も用意するので必要な時は躊躇わずに使いなさい」


 渡された筒状の小瓶の中には濃い緑色の液体が入っていた。

 ……濃い緑、これは薬草の色? 回復薬、これがキオウなのだろうか。


 私の前に立つクラウス様に尋ねてみる。


 「あの、クラウス様。回復薬と言うことは、これは、もしかしてキオウなのでしょうか?」


 クラウス様が私の言葉に驚いて旦那様と顔を見合わせ、苦笑いした旦那様が軽く頭を掻きながら私に言う。


 「キオウなんて、よく知ってるなあ。だが残念ながら、それはキオウではない。キオウを与えてやりたい気持ちは満々だが、あれはそう簡単に手に入る代物じゃないんだ。そもそも市場に出回らないから、いくら金を積んでも無いものは買えない」


 肩を竦める旦那様の横で、その言葉を補うようにクラウス様が続けた。


 「その回復薬はキオウでこそないが、それでも非常に高価で、手に入れられる中では最も効果の高いものだ。旦那様がリリアナ様とお前の為に用意してくださったから、常に身に付けて何かあった時に使いなさい。軽い火傷や切り傷くらいならすぐに治る」

 

 私がクラウス様から回復薬を受け取り、腰のベルトにそれを付けるのを見届けてから、旦那様が口を開いた。


 「クロード、私に出来るのはマントや回復薬を用意するくらいで、いざ何かあった時にリリアナを守るのはお前だ。必要な物は何でも用意するし、金でどうにかなることなら惜しみはしない。どうかリリアナを守ってくれ。お前だけが頼りだ」


 旦那様とクラウス様の前で跪いて誓う。


 「必ずリリアナ様をお守りして、無事に戻って参ります」

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