51. 巡り巡る炎
エリオット王子の馬車に有難く同乗させてもらい、伯爵家まで帰ることにした。
ほんの少し前までは、レオン様に対する心苦しさから、まともにリリアナ様の顔を見られなかったが、今は平静を取り戻し、ふと横を見て私を見ているリリアナ様と目が合ったときに、私に投げかけられる微笑みに微笑み返せるようになった。
そんな私とリリアナ様の様子を眺めていたエリオット王子が、ふと思い出したようにオリヴィエ様に何かを指示し、オリヴィエ様がバッグの中から白い封筒を取り出して、リリアナ様の前に差し出した。
「ラリサから、リリアナに会ったらこれを渡すように頼まれていたんだ。グランブルグ伯爵邸まで尋ねて行くつもりだったが、丁度良いから渡しておくよ」
「……何でしょうか?」
リリアナ様が首を傾げた。
「確かお茶会の招待状だと言っていた。ラリサと親しくしているカリスタ子爵夫人が、とても花好きな人でね、そのカリスタ子爵邸の薔薇が今ちょうど満開でそれは見事に咲き誇っているらしい。ラリサは毎年この時期にそこのお茶会に参加しているのだが、リリアナ、あなたが良ければそのお茶会に誘いたいのだそうだ」
「……わたくしを、ですか?」
リリアナ様が怪訝そうな顔をする。
……無理も無い反応だ。
リリアナ様の中でのラリサ王女と言えば、あの狩場の時の嫌味ったらしいツンケン女だろうから。
また何か無茶を言ってくるのではと、リリアナ様が警戒する気持ちはよおく分かる。
私はと言うと、ラリサ王女曰く「曲者の兄に好かれて可哀想なリリアナを助けたい」と意地悪していたという事情を今では知っているし、レオン様に顔を真っ赤にして告白まがいのことをしたのも見ていたから、以前ほど嫌いではない。
何より、レオン様の「大事な友達」は、私にとっても「主の大事な友達」だ。
リリアナ様の微妙な表情を見て、エリオット王子が困ったような顔をして言葉を続ける。
「……ラリサも気にしているのだよ。体の弱いあなたを強引に狩りに引っ張り出して、結果的に寝込ませてしまったことを、自分のせいだとずっと気に病んでいたのだ。出来ればあなたに直接謝りたいときっかけを探していたら、カリスタ子爵夫人がちょうど自邸のバラが咲き誇って綺麗だからお茶会に誘ってはどうかと申し出てくれたらしい」
リリアナ様はエリオット王子を見ていた目線を手元の封筒に移し、じっとそれを見ながらも逡巡しているようだった。
「……どうだろうか。私としては、あなたが招待を受けてくれて、ラリサと仲良くしてくれたら嬉しいのだが」
リリアナ様はなおも一瞬迷うような様子を見せたが、横に座る私の上着の裾をそっと掴みながら、覚悟を決めたようにエリオット王子を見た。
「……殿下、わたくし、喜んでお茶会のお誘いを受けさせて頂きたく存じます」
「そうか! 良かった! ありがとう、リリアナ!」
リリアナ様の返事を聞いて満面の笑みで抱きついて来ようとするエリオット王子の首根っこをオリヴィエ様が掴んで、席に引き戻す。
むーっとオリヴィエ様を睨んだエリオット王子は、思い出したように言葉を継いだ。
「ああ、そうだ。残念ながら、私は当日は用があって、そのお茶会には参加できないんだ」
……珍しいこともあるものだ。リリアナ様のいるところなら何処にでも顔を出しそうなのに。
「先日、王都で大きな火事があっただろう? あれは放火の疑いが強くて、続けて第二の被害が出ないようにしばらくは警戒のために、警備兵と共に市中の見回りに出るよう父上に言われているんだ。だから、お茶会には参加できない。今日もそれでこんな所まで嫌々出てきたが、あなたに会えるなんて、たまには真面目に働くものだね」
……火事?
そんな大きな火事があったかなときょとんとする私にオリヴィエ様が教えてくれた。
「ギリエル男爵邸のことだ」
……ギリエル男爵邸! アンリエッタ嬢の…。
思わずリリアナ様と顔を見合わせる。
神殿に行った帰りにリリアナ様を襲ったのは、アンリエッタ嬢の乳兄弟だった。
あれがあの男の独断だったのか、それともアンリエッタ嬢の父親のギリエル男爵の指示だったのかは分からないが、そのギリエル男爵邸が火事……。
……火事?
そういえば以前、アンリエッタ嬢が犬を使ってリリアナ様を襲わせたことがあった。
屋敷に帰り着いてから旦那様に、アンリエッタ嬢と犬を操っていた下男が犬に襲われたと聞いた。
そして今度は、リリアナ様を火で襲った後に、ギリエル男爵邸が火事。
そんなことが、こんな偶然があるのか?
まるでリリアナ様に対して行った悪行が己に返ってきているようではないか。
詳細を知りたくて、オリヴィエ様に尋ねる。
「……あのオリヴィエ様、ギリエル男爵邸が放火とは、どういうことでしょう? 宜しければ、教えていただけませんか?」
私の言葉に、オリヴィエ様が少し躊躇うようにリリアナ様を見た。
「……リリアナ様には、少しばかり不快な話になるやもしれません」
「わたくしのことはお気になさらないで。教えてくださいませ」
「……それでは」
オリヴィエ様はエリオット王子が話をして構わないと頷くのを見て、軽く咳払いをして話し出した。
「三日前の夜のことです。報告によると、ギリエル男爵邸のあちこちから突然火の手が上がり、その夜は風が強かったこともあって、一気に屋敷中に火がまわり全焼したそうです。あまりに火の勢いが強くて家財等、何も持ち出す暇も無く、ギリエル男爵夫妻はかろうじて逃げ出せたそうですが、……屋敷の奥に幽閉されていたアンリエッタ嬢とその世話をしていた下男は、逃げ遅れたそうです」
……逃げ遅れた?
……亡くなったのか。あのアンリエッタ嬢が……。世話をしていた下男とは、もしやリリアナ様を襲ったあの乳兄弟のことだろうか。
「風の強い夜に、複数の火の気のない所から火が出ているので、放火でほぼ間違いないだろうとの報告を受けています。ギリエル男爵と言うのは、とかく悪い噂の絶えない人物ですが、ここまでされるとは余程誰かの深い恨みを買ったのでしょうね」
私の横でリリアナ様が真っ青な顔をしていた。
……確かにアンリエッタ嬢はリリアナ様に対して無礼な態度を取り、非道な真似をした。
だが既にその報いを受けて、アンリエッタ嬢は正気を失くし屋敷奥に幽閉されていたというのに、火事で亡くなるとは何と哀れな……。
……放火。
誰かの深い恨みを買ったのだろうというオリヴィエ様の言葉が、私の頭の中で何度も繰り返される。
……誰かの、深い恨み。
……まるでリリアナ様に対しての悪行が己に返ってきているような。
……はっ、まさか、旦那様?
もしや旦那様が、リリアナ様の仕返しを?
リリアナ様を溺愛する旦那様の顔を思い出して、私は自分の中に湧いた恐ろしい考えに愕然とし言葉が出なかった。




