50. 左利きでした
真っ直ぐに私を見るリリアナ様の目に耐えられずに、目を逸らす。
「……ちゃんと、わたしの顔を見なさい!」
その言葉が終わるや否や、リリアナ様の右の拳が私の顔面に飛んできた。
予期せぬ攻撃に防御する暇もなく、私は通りに吹き飛ばされた。
……痛っ!
それは可憐なリリアナ様からは想像も出来ない威力で、実際に目にしても我が目を疑ってしまう程だった。
殴られた瞬間、目の前が真っ白になり、頬がズキズキ痛む。
……エリオット王子はいつもこれを受けているのか。
……打たれ強過ぎる。
「どうしてわたしを避けるの? わたしを守って、わたしのせいで危険な目に遭ったから? わたしのことが嫌になったの? もうわたしの顔も見たくないの?」
リリアナ様に殴り飛ばされて通りに座り込む私の前で、ぽろぽろと涙を零しながらリリアナ様が声を絞り出す。
……いや、殴られて泣きたいのは私なのだが。
……だが、悪いのは私だ。
何も知らないリリアナ様に対して、我ながらあの態度は無い。
私が償わなければならないのはレオン様に対してであって、リリアナ様にはこれまでどおりに接するべきだった。
それなのにリリアナ様にあんな酷い態度を取って、私は殴られて当然のことをした。
「……リリアナ様、こっち側も殴って頂けますか? 片方だけだとバランスが良くないので」
立ち上がって腰を屈め、殴られたのとは反対側の頬を手で軽くぽんぽんっと叩いて、リリアナ様の前に差し出す。
「そうなの? じゃあ」
リリアナ様は一瞬の躊躇いもなく、左の拳で私の頬を殴ってきて、ズササササッっと今度は反対側に吹き飛ぶ。
……左の方が、力が強いんですね。
バランスがとか、余計なことを言わなきゃ良かった。
両頬を殴られて痛みに悶える私の前にリリアナ様が来て、私の顔を覗きながらしゃがみ込む。
「クロード、大丈夫?」
……大丈夫って、殴ったのはあなたですよね? 右頬は私が頼んだけど。
こんな虫も殺せないような可愛らしい顔をして、めちゃくちゃ強いんだから参ったな。
思わず笑いが漏れてしまう。
「クロード、わたしの殴り方が悪かったのかしら?」
……殴り方って。
我慢出来ずに声を上げて笑い出してしまった。
「…え? クロード、大丈夫? もう一回、殴り直す?」
「いやいやっ、もう勘弁してください。私が悪かっただけで、リリアナ様の殴り方は素晴らしいです。素敵でした」
笑い出した私を、心配しておろおろしながらも、もう一発拳を入れようと構えるリリアナ様を慌てて止める。
そして、体を起こしてリリアナ様の前で跪き、その手を取り、そっと甲にキスをする。
大切な方。私の主、リリアナ様。
あなたを傷つけてしまったことを、どうか許してください。
リリアナ様は一瞬顔をゆがめて泣きそうな表情になったが、私の謝罪を優しく微笑んで受け入れてくれた。
ゆっくりと立ち上がって、その場にしゃがんだままのリリアナ様の前に手を差し出すと、リリアナ様は私の手を取り、立ち上がった。
まだ少し涙の跡が残っているリリアナ様の頬を、自分の上着のポケットから取り出したハンカチでそっと拭くと、リリアナ様が私を見上げて微笑む。
そうこうしているうちに、オリヴィエ様と護衛騎士に両脇を支えられたエリオット王子が戻って来るのが見えた。
オリヴィエ様は私とリリアナ様を見るや否や、何かを察したらしく、少し口元を緩めて頷いた。
オリヴィエ様の心遣いに礼を言うべく待っていると、護衛騎士に支えられていたエリオット王子とふと私に目を留めて、一人でよろよろと私の元へ歩いてきた。
手で「しゃがめ」と指示されたので、意図が分からないままその場に跪くと、エリオット王子は指で私の顎をクイッと持ち上げて自分の方を向かせた。
「……ほぅ、これはなかなか。手負いの美しい男と言うのも、味わい深い。これは是非手元に置いて朝な夕なに愛でたい。……どうだ、クロード、私の所に来ないか? 私の護衛になれば、お前のその美しさを存分に活かせるぞ。……ふんがふがふが」
背後からゴゴゴゴゴゴという謎の音が聞こえてくるのと同時に、オリヴィエ様がエリオット王子の口を塞いで、後ろから羽交い絞めにして引きずっていく。
「はいはい。余計なことは言わないで、さっさと帰りますよ。まったく、一日に何度吹き飛ばされたら気が済むんですか。探しに行くのも大変なんですからね」




