48. 後悔の涙
リリアナ様の眠る部屋のドアの前に座りながら、私は頭を抱えた。
奥様が以前言っていた。
グランブルグ伯爵家の子供は娘だと周知されていると。
故に、レオン様のまま帰ってきても屋敷から出すことは難しく、また以前のように屋敷に閉じ込めるだけになるだろうと。
だからこそ、奥様は私にレオン様をつれて寄り道することを許可したのだ。
急いで帰る必要はないと。
屋敷に帰りつく迄のほんの僅かな間だけでも、レオン様に好きなことをさせてあげて欲しいと。
好きなものを食べさせて、行きたい所へ行かせて、したいことをさせてあげて欲しいと。
……だが、10年前、もし私が、レオン様に出会わなければ?
もし私が、あの時レオン様にキスなどしなければ?
きっとリリアナ様に戻ることなく、今も変わらずにレオン様のままでいただろう。
5歳の時に突然レオン様に変化したまま、15歳になった今までそのままレオン様として過ごしていたはず。
突然の変化も、エリオット王子にもラリサ王女にもまだ出会っていない5歳の時なら、どうとでも誤魔化しがきく。
男の子として生まれたが、間違って女の子と伝わったとか、王族と出会っていない子供の頃なら何とでも言い逃れは出来る。
そして、そのまま名門伯爵家令息として何不自由なく育ち、立派な跡継ぎになっただろう。
レオン様なら、きっと旦那様の自慢の息子になっただろう。
いつかは爵位を継いで、国の為に、領地領民の為に力を尽くし、年頃になれば素晴らしい伴侶を得て、温かい家庭を築き、幸せな人生を送ったに違いない。
それを、すべて私が奪ってしまった。
私のせいで、人目につかないよう逃げ隠れし、屋敷に閉じ込められ、爵位も継げない。
私のせいで、伴侶を得ることも、家庭を持つことも出来ない。
私のせいで。
私は何と言うことをしてしまったのだ。
レオン様の笑顔を守りたいなどと、馬鹿なことを。
……その笑顔を奪ったのは私ではないか。
自分の馬鹿さ加減に呆れて、自嘲する私の頬を涙が伝う。
輝かしい未来をレオン様から奪っておいて、何を愚かなことを言っているのか。
……ああ、どうしたら私は自分がしたことを償えるのだろう。
どうやって、レオン様に謝ればいいのだろう。
脳裏にレオン様の笑顔が浮かぶ。
あの日、水飛沫の向こう側のレオン様の笑顔。
私が居ればいいと、他に何も望まないと言ったレオン様の笑顔。
……ああ、私がしたことは取り返しがつかない。
すべてを奪ったのが私だと知ったら、レオン様はどんな顔をするだろう。
どんな顔をして、レオン様に会えばいいのだろう。
……もう、会えない。
どうしたらいいのか、分からない。




