46. ずっとあなたを待っていた
レオン様は手のひらに乗っていた蛍をそっと宙に放して、その小さな光がすうーっと向こう岸へ消え去るのを見ていた。
やがてゆっくりと立ち上がって私の前に立ち、静かにその口を開いた。
「……やっと、思い出した?」
……ああ、やっぱり。
あれは、レオン様だったのか。
私は深く絶望して目を閉じた。
今更ながら、自分のしでかしてしまったことを悟った。
……私は、なんということをしてしまったのだ。
10年前、レオン様をリリアナ様に戻してしまったのは、……私だ。
私が、レオン様を。
思いも寄らなかった事実に言葉を失くし、私はただ呆然と自分の前に立つレオン様を見上げていた。
何も言わずに黙って私を見ていたレオン様は、はらはらと涙を流しながら、ゆっくりと近づいて、私の首の後ろに手を回して抱きついてきた。
「……僕はずっと待ってた。クロードが思い出すのを」
レオン様はそうして私に抱きついたまま声も出さずに泣いていた。
私は、そんなレオン様に言葉を返すことも、抱きしめることも出来ないまま、自分の犯した過ちの大きさに動けずにいた。
レオン様はそのうち抱きついていた手を緩めて、ゆっくりと体を離すと、縁に涙の粒が残ったままの潤んだ瞳で私の目を見つめ、そしてそっと顔を近づけてきた。
レオン様の唇が私の唇に触れて、重なる。
私は、動けなかった。
何も、言えなかった。
ただ自分のしてしまったことの罪の深さに打ちのめされていた。
息も出来ず、瞬きも出来ず、私の両手はレオン様を抱き締めることも出来ずに、宙に浮いたままだった。
……ああ、私はレオン様に何と言うことをしてしまったのだ。
レオン様の未来を奪ったのは、私。
レオン様が人目につかないように逃げ隠れし、屋敷に閉じ込められねばならない原因を作ったのは私。
押し寄せる激しい後悔と自責の念に、私はただ打ちひしがれていた。
そうしているうちに、私の唇に重なっていたレオン様の唇がゆっくりと離れ、私の首の後ろに回されていたレオン様の腕の力が少しずつ抜け、レオン様の体が力なく崩れた。
ぐったりと全身の力が抜けたレオン様を受け止めて支えながら見ると、暗闇の中、うっすらと霞のようなものがレオン様の体から出ているのが見えた。
……まずい、変化が始まる。
……急がなければ、リリアナ様の意識が戻る。
少しずつ霞が濃くなって変化を始めたレオン様の体を、誰にも見られないようにマントで覆い包み抱き上げて、人気のない暗い夜道を急いで宿へ帰る。
血相を変えて戻って来た私を女将が驚いて見ていたが、説明をしている暇はなかった。
もうすぐリリアナ様の意識が戻ってしまう。
マントで覆い包んだレオン様を抱えたまま階段を上がって部屋へ入り、そのままそっと寝台に横たわらせた。
マント中は静かで、まだ動く様子はなかった。
レオン様を寝かせた寝台から離れて、しばらく様子を伺っていると、微かにマントの中で動く気配がした。
……変化が終わったのか。
「……う、ん…」
レオン様とは違う声。……リリアナ様だ。
どうやら変化が終わったらしい。
こんな夜更けにリリアナ様と二人きりで同じ部屋に居るわけにはいかない。
リリアナ様の意識が戻る前に、自分の荷物を持って、急ぎ部屋を出た。




