42. 甘えん坊の主と甘やかし護衛
ラリサ王女が去った後、レオン様は分かりやすく肩を落としていた。
それほどラリサ王女との時間が楽しかったのか、ラリサ王女と離れ難かったのかと、何やら胸に重苦しくつかえるものを感じる。
先程の「レオン様はラリサ王女に相応しい」というラリサ王女の侍女の言葉。
確かに、レオン様は名門のグランブルグ伯爵家の令息で、王女の相手として釣り合いは取れるだろう。
だが、伯爵家はレオン様の存在を公には出来ないし、何よりレオン様の気持ちがどうなのか気になっていたが、それは無用な心配だったようだ。
レオン様は私の大事な主。
そのレオン様にもし大切に想う方が出来たのなら、少しでもその意に添うように努めねば。
心の中のもやもやを押し込め、腹をくくって、肩を落とすレオン様に声を掛ける。
「元気を出してください、レオン様。あの方にはきっとまた会えますよ」
レオン様は私の言葉に、天を見上げながら泣きそうな顔で答える。
「だって、クロード。初めての友達だったのに、僕のせいでこんなことになっちゃって……。あの侍女はすごく怖い顔して僕のこと見てたし、もう会わせて貰えないかもしれない」
……ん? 友達?
「初めての友達だったのに、もうダメかもしれない。……ああっ」
……友達? まるで世界の終りのような悲壮感を醸し出しているが、……ラリサ王女はレオン様にとって友達なのか? 恋ではなくて?
……友達! ……そうか、友達か! ラリサ王女は友達なのか! 何だ、そうか、友達か‼
ラリサ王女は友達だ‼
訳の分からない心のもやもやが一気に晴れて気分爽快で、気落ちするレオン様を元気づけようと、その背中をばしばし叩きながら、飛び切りの笑顔で励ます。
「そんなことで落ち込むなんてレオン様らしくないなあ! 好き勝手やって全然空気を読まないのがレオン様じゃないですか。侍女に嫌われても気にしない、気にしない。ねっ?」
レオン様は、私がばしばし叩いた背中をさすりながらゆっくりと振り向き、じとっと私を見ながら小さく呟いた。
「……脱げ」
……ん?……私の聞き間違いかな?
「さっさとそのシャツを脱げ」
優しく励ましただけなのに、何故っ?
両手で胸を隠して身構える私にレオン様が襲い掛かる。
「僕の体を人目に晒すなと言ったのはお前だろうっ」
「自分で破いたくせにっ」
抵抗も虚しくシャツを剥ぎ取られて上半身裸になり、通りに座り込む私を、ぶかぶかのシャツを着たレオン様がふふふんと見下ろす。
「……いい眺めだな」
「……これが主のすることですか」
立ち上がりながらズボンに付いた土を払っていると、レオン様がいきなり私の首に抱きついてきて、そのまま両足を私の後ろで交差させてしがみついた。
「……えっ、今度は何ですか?」
「抱っこ」
「抱っこって…。抱っこするなら、さっきの破れたシャツのままでも、前は隠れて見えなかったでしょう」
レオン様はぎゅっと抱きついていた腕を緩めて、顔を私の顔の前に動かし、まっすぐに目を見る。
「……怒ってる?」
少し心配そうに上目遣いに私の目を覗いてくる。
きらきらと、何て澄んだ目だろう。吸い込まれそうな目とはきっとこういう目を言うのだろう。
その穢れの無い目にじっと見つめられると、何やら気恥ずかしくて思わず顔を逸らしてしまう。
「……レオン様の自由っぷりには慣れましたから、これくらいじゃ怒りませんよ」
その言葉を聞くなり、レオン様は今度は私の頬に自分の頬をすりすりとすり寄せてきた。
……ちょ、ちょっ、ちょっと待った! ……さすがにこれはちょっと…!
目を剥いて驚く自分の顔が真っ赤になっているのが分かる。
あまりの恥ずかしさに、いつまでも続くその頬ずりから逃げようと必死に頭を動かす私の耳元で、レオン様が呟く。
「……クロードはいつも優しくて、僕が何をしても怒らないね。……だから僕は、クロードに甘えたくなるんだ。……甘えさせてよ」
とにかく恥ずかしくて堪らずに、レオン様の頬ずりから少しでも逃げようと、そのことで頭がいっぱいになっていた私は、「甘えさせて欲しい」というレオン様の言葉に戸惑ってしまった。
……どうしたらいいのだろう。
こういう場合、どうするのが正しいのだろう? 分からない。
けれど、頬をくっつけたまましがみついているレオン様を突き放すことも私には出来ない。
そっと髪に触れると、レオン様の体がびくっとするのが伝わってきた。
「そう言えばさっき、大事な主の意に添うように努めようと決めたのだったな…」
ならば、主が「甘えさせて欲しい」と言うのなら、そうしよう。
レオン様の気の済むまで、甘えさせてあげるまでだ。
頬をくっつけたままのレオン様をぎゅっと抱きしめ、その髪を撫でる。
「レオン様は甘えん坊ですね。……でも、甘えるのは私にだけですよ」




