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41. 見られた虹色貴石の首飾り

 ブウゥン…、ブウゥン……!

 ……何の音だ、これは⁉

 何かの羽音のようなそれは、少しずつ近づいて大きくなっていった。


 「きゃあっ!」

 「ラリサ様っ!」


 ラリサ王女の悲鳴に振り返ると、大きな黒い蜂が数匹、頭の上を飛び交っていた。

 大事そうに花冠を手で押さえながら逃げ回るラリサ王女を助けようと、侍女が必死に蜂をハンカチで振り払っている。


 「ラリサ! 花冠に蜂が集まっている! 花冠を捨てて!」

 「嫌です! せっかくレオン様が作ってくださったのに捨てるなんて出来ません! 絶対に嫌です! …きゃあっ、痛いっ!」


 レオン様の言葉を拒否したラリサ王女が悲鳴を上げた。

 ……蜂に刺されたのか⁉

 レオン様は走ってラリサ王女の頭から花冠を奪い取ると、誰もいないところに投げ捨てた。

 泣きながら、なおもその花冠を拾おうとするラリサ王女にレオン様は声を上げる。


 「ダメだ! そんな花冠なんか、また作ってあげるから!」


 ぽろぽろ涙を零しながらレオン様を見つめるラリサ王女の手を取り、刺されたその甲から慎重に針を抜き取ったかと思うと、ラリサ王女の手の甲に自分の唇を当てて毒を吸い出し、ぺっと道に吐き捨てる。

 突然のレオン様のその行動に、ラリサ王女も侍女も呆気に取られて、ぽかんと口を開けている。


 何度か毒を吸い出した後、ラリサ王女に「このまま動かないで」と言い残し、レオン様はどこかへ駆けて行った。

 慌ててその後を追いかけると、花を買った先程の露店で何かを探しているようだった。

 棚の隅に目当てらしき物を見つけると、それを手に取り、店主に声を掛ける。


 「お爺さん、これはサーラだね?」

 「そうだよ。良く知ってるね、坊や」

 

 店主の返事を聞くなり、レオン様はその草の束のようなものを手に、ラリサ王女の元へと駆けて行く。

 草の代金を支払い、急いでレオン様の後を追うと、むしゃむしゃと買ったばかりの草をむしって食べていた。


 「…こんな時に何を呑気に食べているんですか⁉」

 「あれだけ豚を食べたのにまだ足りないのですか⁉」

 「あんな脂っこいのばかり食べているから胃が持たれたんでしょう⁉」


 思わず突っ込みそうになったが、レオン様があまりに真剣な顔で草を食べているので、ちょっと言い切れない私だった。


 「……あの、レオン様?」


 訳が分からずに顔を見合わせる三人を意に介せずに、レオン様はむしゃむしゃ草を噛んでいたかと思うと、口から取り出したそれを指で丸めてから平らにし、ラリサ王女の手の甲に乗せた。

 ……うわっ、レオン様! さすがにそれはダメです!

 口から出した物を王女の手に乗せるなんて!


 手を伸ばして王女の手の甲からそれを取り除こうとする私の尻を、レオン様は容赦なく蹴り飛ばすと、今度は自分の着ているシャツを両手でびりびりと引き裂き始めた。

 ……ちょっ、レオン様、正気ですか⁉ 王女の前で何を⁉


 露わになる白く華奢な胸を気にもせずに、レオン様は自分のシャツを細く裂き、噛み砕いて平らにした草の上に、残った数枚の草を乗せ、その上から細く裂いたシャツで包帯のように巻いて結んだ。

 その様子を黙って見ていた侍女がとうとう声を出す。


 「……レオン様、これは何をなさったのでしょう?」


 先程までの涙がすっかり乾き、ぼんやりと自分の手を見つめているラリサ王女の体を支えながら、侍女はじっとレオン様を見る。


 「……それは、サーラという薬草で、生葉の汁が蜂毒を中和すると医学書に書かれている」


 ……なんと、これが薬草とは…。知らなかった。てっきり草を食べているのかと…。


 「これはあくまでも応急手当だから、すぐにラリサを医者に見せて。……クロちゃん、馬車を」


 蹴り飛ばされたまま、通りに座り込んでいることも失念していた私はレオン様の言葉で慌てて立ち上がり、馬車を呼びに走る。

 確か宿の近くに貸馬車があったはず。


  **

  

 馬車を呼び、急いで戻ると、レオン様はラリサ王女の髪を撫でながら詫びていた。


 「ラリサ、僕のせいでこんなことになってごめんね」

 「いいえ、レオン様。わたくしが花冠を手放したくないと駄々を捏ねたのですわ。レオン様のせいではありません。どうか、お気になさらないでくださいませ」

 「……ありがとう」


 そっとラリサ王女の額にキスをするレオン様を、何故か、侍女が険しい表情でじっと見つめていた。


 ラリサ王女が蜂に刺されたのはレオン様のせいだと責めているのか、ほんの少し前までの穏やかな視線とはまったく違うその鋭さに驚きながら、その侍女が見つめている先を見ると、レオン様の大きく破れたシャツの隙間から何やら光る物が見える。

 ……しまった‼ 虹色貴石だ!


 リリアナ様が祖父君のオーランド侯爵からお守りとして頂いた虹色貴石の首飾りが、レオン様の胸元で煌めいていた。

 この侍女は、これをリリアナ様が付けていることは知らぬはず。

 だが、非常に高価なこの虹色貴石をレオン様が身に付けているのを知られたのはまずい!

 ……しまった! 預かっておけば良かったか! いや、お守りとして肌身離さず付けている物を預かるわけにもいかない。

 レオン様を連れて逃げるにも、ここまでガッツリ見られてしまっては誤魔化しようがない。

 どうしよう⁉ どうすれば⁉


 「……馬車が来たみたいだ」


 馬車に気づいたレオン様の言葉に促されてラリサ王女がゆっくりと乗り込み、心配そうに振り返る。


 「……レオン様、また、お会い出来ますか?」

 「もちろん」


 ……やめてくれ、もう会わないでくれ、頼むからもう忘れてくれと心の中で叫ぶ私の前に、侍女がそっと立ち、おもむろにその口を開く。


 「……一国が買えると言われるほど高価な虹色貴石を、まさかこのような所で目にするとは思いませんでした。レオン様は、とても高貴なお生まれのようですね」


 その言葉にぎくりとしながらも、努めて平静を装う。


 「何のことだか」

 「レオン様はラリサ様のお相手として相応しい方だと、わたくし確信いたしました」


 絶句する私を残し、侍女はラリサ王女の待つ馬車に乗り込み、土埃と共に去って行った。


 「決して逃がしませんから」


 去り際のその言葉がいつまでも私の脳裏に響いていた。

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