39. 辛い食事会
レオン様が昨夜も豚を一頭丸ごと食べたお気に入りの露店の前に来たが、何やらラリサ王女とその侍女の顔が険しいような気がする。
「おじさん、また来たよ。昨日食べた豚がとっても美味しかったから、この子にも食べさせてあげたいんだ」
「おう、坊や。また来たのか。昨日はいい食べっぷりだったなあ。もうすぐ焼き上がるから、ちょっと待ってな」
通りに面した露店の店主が、串刺しにした豚を直火で焼きながら、レオン様と話をする。
ぱちぱちとはぜる音を聞きながら、肉の焼ける香ばしい匂いを嗅ぐ。
昨夜レオン様から少し貰って食べたが、確かにここの豚は旨かった。
時間をかけてじっくり火を通しているので中は柔らかく、最後に表面に油を塗って強火で焼くことで、皮にこんがりと焼き目が付いてパリパリに仕上がっている。
ああ、思い出しただけで涎が出る。
毎日一頭食べても良いと言うレオン様の底無しの胃袋にはついていけないが、一人前位なら私でも余裕で毎日いける。
それくらい旨いのだ。
その絶品料理を前にして、ラリサ王女の表情はぎこちなかった。
レオン様に勧められて席に着いたが、どことなく落ち着きが無く、きょろきょろと辺りを見回している。
かと思えば、店主が肉を切り分けている豚を恐ろしそうに見たり、手元にある皿やカトラリーを心配そうに見たり。
自分から誘っておいて、どういう態度だ、これは?
ラリサ王女の正面に座っているレオン様は店主と話をしていて、その様子にはまったく気づいていないようで、ラリサ王女はおろおろしながら、後ろに立っている侍女に小声で話しかけた。
「……ねえ、カティア。わたくし、こういう所で食事をするのは初めてで、どうしたら良いのか分からないわ」
ああ、そういうことか。
王女という身分では、こんな下町の平民向けの露店で食事をしたことなど無いはず。
美しく飾り立てられた城で、お抱えの料理人が作った贅沢な料理しか口にしたことが無い王女には、こんな路傍の、粗末な木のテーブルや椅子で、下町の肉屋の亭主が汗だくで煤まみれになって焼いた豚の丸焼きなど食べられないか。
……ならば、さっさと帰ればいいのに。
「こんな食事なんて無理です~」とか言って、席を立てば面白いのに。
そのまま怒って帰ったら見ものだ。
少し意地悪な気持ちで、わくわくしながら様子を見ていると、案の定ラリサ王女は、店主が焼き上がった肉を切り分けて「どうぞ」と自分の前に置いた皿に、指の形に煤が付いているのを見て、「ひっ」と小さく声を上げた。
……王女には無理だろう。帰れ帰れ~。
ラリサ王女の視線に気づいた侍女が、後ろからすっと出てきて、そっとハンカチで皿に付いている汚れを拭き取るが、それでももうラリサ王女には無理らしい。
固まったまま、動こうとしない。
……自分から誘っておいて、食べられませんなんて、レオン様はラリサ王女のことをどう思うだろう。
「気が合うと思ったけど、勘違いだったようだね」とか。
「君とはもう一緒にいられない」とか。
レオン様の反応が楽しみだ。
ぱくぱくと美味しそうに自分の皿に盛られた肉を食べていたレオン様は、しばらくしてラリサ王女が手を付けていないことに気づいた。
「どうしたの、ラリサ? 食べないの? 美味しいよ」
「…え、ええ、あの、わたくし…」
「ほら、あ~ん」
レオン様は自分の皿の肉をフォークで刺して、ラリサ王女の口の前に手を伸ばし、「口を開けて」と言わんばかりに、自分の口を開けた。
驚いて顔を赤らめたラリサ王女は、答えを求めるように後ろの侍女の顔を見るが、侍女が頷くのを確認すると、意を決したように目を閉じてその口を開けて、レオン様が差し出す肉を食べた。
「…美味しい!」
ラリサ王女は口をもぐもぐさせながら、目を見開き、皿に盛られた肉を見る。
「でしょう?ここのは特別なんだ。はい、あ~ん」
もう一回と、レオン様は自分の皿の肉を刺して、ラリサ王女に差し出し、王女も今度は躊躇わずに口を開ける。
幸せそうにうっとりとレオン様を見つめているラリサ王女を見ていると、何故だか、その場に居るのがいたたまれない気持ちになった。
……何だろう、……見ているのが辛い。
そっとその場に背を向け、レオン様とラリサ王女の会話をぼんやりと背後に聞きながら、ただ立って時が過ぎるのを待っていた。




