38. 彼女の秘密
「ラリサも豚の丸焼きが好きなの?」
レオン様の無邪気な声に、その場にいた皆が固まる。
……王女を呼び捨て。
知らないこととは言え、さすがに、これはまずいのでは。
背中を冷汗がたらりと流れる。
いや、だがしかし、ラリサ王女は最初で自分が王女だと明かさなかったし、今でも明かしていない。ここまで来て明かさないということは、恐らく明かす気が無いのだろう。
何故、自分が王女だとレオン様に明かさないのか。
おそらくラリサ王女はレオン様には、王女ではなく、ただの令嬢、ただの一人の娘として接してほしいのだろう。
……あのレオン様が、相手が王女だからと言って態度を改めるかどうかは正直言って疑問だが、先程から見ていれば、この王女はこういう恋愛事に慣れているようには思えないし、むしろ不慣れで不器用なように感じる。
もし本当に王女ではなく一人の娘として接してほしいのであれば、自分の身分を明かすことはこれからも無いだろうし、むしろ隠そうとするのでは?
それならそれで、こちらには都合がいい。
自分が詮索されたくないなら、こちらの詮索もしないだろう。
……ラリサ王女がレオン様の呼び捨てに対してどう反応するのか、興味深く様子を見る。
顔を赤らめて戸惑った様子で侍女と顔を見合わせていたラリサ王女は、覚悟を決めたように一度軽く息を吐き、笑顔でレオン様に応える。
「……はい。レオン様と同じですね」
……よし、これからも王女に身分を明かす気は無いと確信した。
ならば、権力を使って何かをゴリ押ししてくることも無いだろう。「多少は安心出来るな」と、ほっと胸を撫でおろす。
「そっかー、ラリサとは気が合うね。嬉しいなあ!」
ラリサ王女の返事を聞き、レオン様は馴れ馴れしく王女の肩を抱き、頬をくっつけて、王女の頭をわしわしと撫でる。
…うわあっ、やめろ! 何やってるんですか! 頼むから大人しくしていてくれ!涙
今からでも遅くない。身分を明かした方が、ちょっとは遠慮して大人しくなるんじゃないのか⁉ ラリサ王女⁉
ラリサ王女は顔を真っ赤にして身を固くし、後ろの侍女は髪が逆立っているが、それでも身分を明かす気は無いらしい。
「……はい、わたくしもレオン様とお食事が出来るなんて夢のよう。……嬉しいです」
レオン様にわしわし撫でられて、髪がぐちゃぐちゃになっているとは思いもよらないのだろうラリサ王女は、うっとりとまるで夢見心地のような顔でレオン様を見つめている。
……ちょっとこれは、近すぎるんじゃないのか。
何故、いつまでも離れないのだ。
何故、後ろの侍女は引き離さないのだ。
仮にも王女だろう。こんな往来で、はしたないとは思わないのか。
むかむかして、レオン様とラリサ王女の間に割って入る。
「はいはい、さっさと食事に行きましょうねー」
「クロちゃん、昨日のおじさんのお店のが美味しかったね。あそこに行こう」
急かすようにレオン様が私の腕に抱きついて引っ張る。
今のうちにと急いでラリサ王女の髪を整えている侍女に、「どうだ」とにたりと笑いながらレオン様と二人で先を行くが、ちょっと気分がいい。
すると、レオン様が急に思い出したように私の腕を放して、まだ髪を整えている最中のラリサ王女の元へ戻り、その腕を取る。
……えっ、何を?
私のにたり笑いを悔しそうな顔をしていていた侍女は、戻ってきたレオン様に一瞬驚いてから、勝ち誇ったようにふふふんっと私を見る。
……何だ、この侍女は!
「ラリサ、すごく美味しい店があるんだ。そこに行こう!」
ラリサ王女と腕を組み、仲良さげに歩いてくるレオン様の様子に憮然としながらも、しつこく間を割くわけにもいかずに、我慢する。
……それにしても、この王女には恥じらいというものが無いのか。
男と腕を組みながら歩くなんて、男と…、ん? 男?
むかむかに気を取られていたが、改めてよく見て見ると、男女で腕を組んでいるというよりは、どちらかと言うと女同士で仲良く腕を組んでいるように見える。
レオン様の容姿が、15歳というその年齢にしてはあまりに中性的なのだ。
「…美しすぎるのだ、レオン様は」
ぽつり零れる私の言葉が聞こえたのか、聞こえなかったのか、レオン様は私の前まで来ると、今度は反対側の腕で私と腕を組み、上機嫌で歌いながら歩き出す。
……まったく、人の気も知らないで。




