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35. 無自覚と独占欲

 レオン様をおんぶしたまま走り続け、少しして宿のある通りに辿り着いた。

 あんなことがあったのが嘘のように、私の背に乗ったままレオン様はずっとはしゃぎ続けていた。

 少しは気が紛れただろうか。少しでも嫌な思いが薄れてくれれば良いのだが。


 「あ、あんた、無事だったんだね! 良かった」


 声のした方を見ると、宿の女将が通りの角に立って、こちらに手を振っていた。

 どうやら私達を心配して、ここで待っていたらしい。


 「一人行って大丈夫だったか心配で、ここで帰ってくるのを待ってたんだよ。あんたが出て行ってすぐに、役所に行って役人を呼んでくるように人をやったんだけど、会わなかったかい?」

 「クロードが一人で全員やっつけたんだ。すごく格好良かった!」


 レオン様が後ろからぬっと顔を出して、興奮気味に女将に話し出す。


 「坊やも無事だったのかい。良かった。心配したんだよ。もう一人で外を出歩いちゃダメだよ。あんたみたいな綺麗な子は狙われやすいんだからね」

 「うん、分かった。ありがとう、おばちゃん」

 「私からも礼を言う。あなたが急いで教えてくれたお陰で、何とか事無きを得た」

 「良いんだよ、そんなこと。坊やが無事で何よりだよ。……って、あんた、さっきから気になってたんだけど、なんて格好で往来を歩いてるんだよ」


 女将が私の上半身をまじまじと見ながら、呆れたようにこぼす。


 「ああ、これか。シャツが一枚しか無かったのだ。レオン様を裸で外に出すわけにはいかないからな。故に、私が裸で歩いている。大したことではない」

 「大したことじゃないって、そんなわけあるかいっ」


 女将がいきなり私の裸の胸を掌でぺちっと叩いて来た。

 ……何を?

 突然何をしだすのか、訳が分からず、呆気に取られて女将を見る。


 「あんたねえ、今までに鏡を見たことが無いのかい? この顔で! この体で! こんな若くて良い男が上半身裸で往来を歩いていて、人目を引かないはずがないだろう⁉ ちょっとは自覚しなよ⁉」


 ぺちぺちぺちっと何度も私の胸を叩きながら、言葉を続ける。

 ……痛い。


 「周りを見てごらんっ。若い娘がどんどん集まって来てるじゃないかっ」


 言われるままに周囲を見回すと、確かに若い娘がいつの間にか増えているような気がするが、これは私のせいでは無いだろう。

 たまたま何かの用があって集まっているだけだ。

 上半身裸の男なんて、何処にでもいる。珍しいものではない。


 「……これだから、無自覚の良い男ってのはタチが悪いんだよ。罪作りだねぇ」

 「何を言っている? シャツが一枚しか無いのだ、仕方ないだろう?」

 「だーかーらっ」


 更にぺちぺちと私の胸を叩いてくる女将の手を、後ろから伸びてきたレオン様の手が掴まえ、肩越しに不機嫌そうな声が響く。


 「おばちゃん、クロードは僕のものなの。勝手に触らないでくれる?」


 一瞬目を見開いた女将は、私の顔を見てにやっと笑う。


 「こういうことだよ。分かったかい?」


 …いや、分からん。

 自分の使用人が他人に勝手に叩かれて不機嫌になるのは、分かる。


 「クロード、降ろして」


 言われるままにそっと降ろすと、レオン様はそのまま私の正面に回ったかと思うと、首に手を回して抱きついてきた。


 「触らないでっ。見ないでっ。僕のものだから」


 まるで牽制するように女将に向かって言葉を放つレオン様を愉快そうに笑いながら、女将が私の背後に回り、今度は背中をぺちぺち触ってくる。


 「焼きもちかい、可愛いねぇ。でも、こっちはガラ空きだよ」

 「あっ、もう、やめてよ! 勝手に触らないで!」

 

 体を私にくっつけたまま、背中に手を回し、無遠慮に触ってくる女将の手を懸命に払いのけようとするレオン様のその様子が、とても可愛らしくて、思わず声を上げて笑ってしまう。まるで子供だ。


 「さあ、もう帰りますよ」


 私の肩越しに女将と戯れるレオン様を抱き上げて、笑いながら、そのまま三人で宿へ帰る。

 宿に帰り着いて、後から女将に聞いた話によると、あの男達は役人が水車小屋へ乗り込んできたときも気絶したままだったらしく、女将や他の目撃者の証言により、誘拐の咎で捕縛されたそうだ。

 今までにも色々と悪さをしていて、それらの余罪によりしばらくは牢から出てこられないだろうということだった。


 ……そんなことよりも、私にはせねばならないことがあるのだ。

 女将にレオン様の着替えの手伝いを頼んでいる間に、急ぎ済ませる。

 …ふふふふっ。

 これさえあれば、もう安心だ。

 明日の朝、レオン様はどんな顔をするだろう?

 想像しただけで笑いが抑えられない。

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