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33. 無神経は忘れた頃にやってくる

  護衛として己の務めとはいえ、死にかけたことが思いのほか深く心の中にしこりとして残っていたらしい。

 レオン様が私が落ち着くまで、何も言わずにずっと抱きしめて背中を撫でていてくれたお陰で、私は自分の中で未整理のままぐちゃぐちゃになっていた感情を吐き出すことが出来た。知らずに心の中に残っていたもやもやが解消されて、だいぶすっきりした。

 ……もう大丈夫。また頑張れる。


 その優しさに心から感謝しながら、すぐ横にあるレオン様の顔を見るとすやすやと寝ていた。


 …ええええーーーー⁉


 私は感動したのに! 一生ついて行こうと思ったのに!

 やっぱりレオン様はレオン様だ!


 私を抱き締めるレオン様の腕から離れようと体を起こそうとするが、がっしりと掴まれていて外れない。 


 「……痛たたたたっ。レオン様、もう放してください、腰が痛いっ」


 ずっと中腰になっていた私の腰には限界が来ていた。

 腰が痛いっ。レオン様、起きてっ。

 …あ、レオン様、涎が出てる! 涎で肩が冷たいっ。

 レオン様、起きてくださいっ。


 「…ふわぁ、あれ、僕寝てた?」


 涎を拭きながら、寝惚け顔でレオン様が言う。

 …私がレオン様の優しさに感動して涙を流している間、寝てたんですね。

 忘れてたけど、そういえばレオン様はこういう人だった。

 自由で気まぐれ。

 優しく内気なリリアナ様とは違う。

 「奥様には少し似ているかもしれない」と奥様の顔を思い浮かべた時に、ふとその言葉を思い出した。


 「夫には内緒ね」


 ……そうだ! 忘れてた。

 私がレオン様とキスしてしまったことを旦那様には話していないのだ。

 余計なことを話したら殺されるから黙っていろと奥様から忠告を受けたことを思い出して、窓辺で外を見ながら背伸びをするレオン様に、口裏合わせをお願いする。


 「あの、レオン様。お願いがあるのですが、屋敷に戻ったら、旦那様には私とは今回初めて会ったと仰って頂けませんか?」

 「……どういうこと?」


 私を見るレオン様の様子が変わったことに、私は気が付かなかった。


 「私と前にも会っているということを、お父様には伏せて頂きたいのです。会うのは今回が初めてで、その、前のことは何も無かったというか、えっと、すべて忘れるというか。……え、レオン様?」


 レオン様の吸い込まれそうな青い瞳から、大粒の涙がひとつふたつと零れ落ちる。

 唇をぎゅっと噛み締めて、ぽろぽろと涙を流しながら私を見るレオン様に言葉を失くす。

 私は何かそんなに酷いことを言ったのだろうか。それほど傷つけてしまったのだろうか。


 「レオン様、あの……」


 私が狼狽えつつ言葉を探していると、レオン様は涙を袖で拭ってキッと睨んだかと思うと、こちらに向かって駆け出してきた。

 飛び蹴りが来る予感がして、すっと避けると、予測した通りレオン様は両足を揃えて私に向かって飛び蹴りをしてきたが、私が避けたために的がいなくなったそれは虚しく空を切って、そのままずさささっと床に落ちた。


 ……あ、しまった。つい避けてしまった。

 慌てて、床に転がるレオン様に駆け寄って、抱え起す。


 「大丈夫ですか?レオン様」


 私の手を払いのけて無言で起き上がると、悔しそうに睨みつけて、両手で私の頭を掴んで思い切り頭突きをしてきた。

 ごんっ!と大きな音が部屋に響く。


 「……痛っ!」


 あまりの痛さに頭を抱えてうずくまる私を見下ろしながら、レオン様が涙声で言う。


 「…何で、そんなこと言うんだよっ。何も覚えてないくせに、忘れろって何だよ。僕はずっと覚えていたのに。ずっと待ってたのに。……クロードのばか。……クロードなんて、……クロードなんて、お前の主はでべそ!」


 ……はい? リリアナ様がでべそ?

 いやいや、私の主はあなたですが、いいのか? でべそで。

 レオン様は意味不明な捨て台詞を吐いて走って部屋から出て行った。


 ズキズキ痛む額を押さえつつ、よろけながらレオン様を追い、外に出ようと宿のドアに手を掛けた時、誰かが勢いよく外からドアを開けて中に入ってきた。


 「大変だよ!! ……って、あ、人がいたの。ごめん」


 息を切らして入って来た宿の女将が、ドアの内側にいて思い切り額をぶつけた私に気づいた。

 ……同じところを何度もぶつけて、頭がくらくらする。……目眩が。


 「それどころじゃないよ! 大変なんだよ! あんたの連れの、あの綺麗な子! あの子が悪い奴らに連れて行かれたんだよ!」

 「何だと!」

 「あんな綺麗な子を一人で外に出したらダメじゃないか!」

 「それで、何処に⁉」

 「あいつ等がいつも溜まり場にしてるのは、町外れの古い水車小屋だから、多分そこだと思う。……ごめんよ、あたしは見てたんだけど、あいつ等が怖くて止められなかったんだ。あんたに知らせなきゃと思って」


 女将の言葉を最後まで聞かずに宿を飛び出し、町外れにあるという水車小屋を探す。


 ……私のせいだ。私が己の保身ばかり考えて、余計なことを言ってレオン様を傷つけて一人にしてしまった。

 私のせいだ。レオン様、申し訳ありません。レオン様、レオン様、どうか間に合ってくれ!

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