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30. 不味い涙

 「……うっ」


 ……体中が痛む。口の中が苦い。

 ……頭がぼうっとする。


 痛みに顔をしかめながら、体を起こす。

 頭を強く打ったのか、一瞬くらっと目眩がするが、手をついて体を支えながら目を開けて辺りを見る。


 ……ここは、何処だ? 私は何故、こんな所に?

 

 どこかの山の中にいるのか、木が覆い茂った高い崖が見える。

 側には川が流れていて、私はその手前の大きな岩の上にいた。


 頭がぼうっとして、何が起きたのか分からない。

 分かっているのは、肩や腕、体のあちこちに痛みがあるということだけ。

 ……私は、何故、こんな所にいるのだ?

 何が、あった……?


 ぼんやりと目の前の崖を見ていて、ふっと思い出した。

 ……崖から飛び降りたのだ!


 ……えっと確か、…アンリエッタ嬢の乳兄弟に襲われて、……リリアナ様を抱えて。

 ……リリアナ様!

 しまった、リリアナ様⁉


 慌ててリリアナ様を探す。

 座っていた大きな岩に手を付きながら立ち上がって見回すと、少し離れた平らな岩の上に、マントに包まれて横たわっているリリアナ様らしき姿が見える。


 「リリアナ様!」


 大きな岩がゴロゴロ転がる河原を急ぎ、リリアナ様の元へ行く。

 岩に膝をつき、ぐったりと意識の無いまま横たわっているリリアナ様を抱え起こすと、……既にリリアナ様からレオン様に変化し終わった後だった。


 「……レオン様」


 リリアナ様を覆い包んでいたマント毎、全身がずぶ濡れになっているレオン様を支えながら周囲を見回し、誰もいないことを確認する。

 ……もし誰か人が見ていたらと思ったが、大丈夫なようだ。誰もいない。


 ほっとしながら、ふと目の前の崖を見やる。

 ……もしかして、私はあそこから飛び降りたのか?

 その崖はかなりの高さがあり、途中に木が覆い茂っていて崖肌はまったく見えない。

 ……あの中を落ちてきたのか?

 ……よく生きていられたな。信じられない。


 川に落ちたはずだが、この目の前の川に落ちたのか?

 ……川から、どうやって私はあの大きな岩まで上ったのだろう。

 何も覚えていない。

 何も分からない。


 ……だが今はそんなことよりも、早くここから離れて、レオン様を休ませられる何処か安全な所へ行かねば。

 

 意識の無いレオン様を抱えて立ち上がる。

 私もレオン様も全身ずぶ濡れで体が重たい。

 ……しかも、旦那様から頂いた特別仕様のマントが水を含んで信じられない重さになっていた。


 あまりの重さに立ち上がった瞬間にふらっと倒れそうになるが、あの高さの崖から飛び降りて生きているのに、こんな所でたかがマントの重さに負けてたまるかと、気合で立つ。


 レオン様はまだ意識が無いまま寝息を立てていた。

 ……どこにも怪我は無いだろうか。大丈夫だろうか。

 

 ずっとマントで覆っていたから、火の粉はかかっていないようだ。

 髪は艶やかに輝き、肌は白く澄んでいて、どこにも傷も汚れも見えない。

 ……良かった。

 この命に代えてもと死を覚悟したが、何とかお守りすることが出来て本当に良かった。

 ……また、会えた。


 「……泣いているの?」


 いつの間にか目覚めたらしいレオン様が、その澄んだ青い瞳でまっすぐに私を見る。

 レオン様の頬は濡れていた。

 

 ……え、涙? 私の?


 知らぬ間に涙を流していたらしい。

 私の涙が流れ落ちて、レオン様の頬を濡らしていた。


 「……え、あっ、すみませんっ」


 涙を拭こうとするが、レオン様を抱えていて私の両手は塞がっていた。

 仕方なく、どうにか肩で拭おうとするが届かない。

 するとレオン様が起き上がりながら、そっと手を伸ばして私の顔に触れたかと思うと、ぺろっと頬を舐めた。


 ……。


 ぺろっ、ぺろっとその小さな柔らかい舌で、涙に濡れた私の頬を何度も舐める。


 「……⁉」


 ……あまりのことに声が出ない。

 声の出ないまま、目を見開いてレオン様の顔を凝視してしまう。

 ……何を、しているのだ、レオン様は?


 「……不味っ」


 固まる私の目の前で、レオン様が顔をしかめて、ぺっと吐き出した。


 ……ちょっと待てーーーー⁉

 不味いって何だ⁉

 勝手に人の顔を舐めておいて、不味いって何だそれ⁉

 酷くないですか、レオン様⁉

 その言い方は傷つきますっ。


 「……薬の味がする」

 

 レオン様は完全に体を起こすと、今度は私の両肩に手を置き、ぺろっと左の耳を舐める。


 ……ひゃあっ。いきなり何をっ? 


 耳を舐めたかと思うと、今度は首筋をぺろっと舐めてきた。


 ……ひぃっ、な、何をするんですかっ? やめてくださいっ。


 「味見」

 「……私は、レオン様に食べられるのですか?」


 レオン様に、まるで出来の悪い子を見るような微妙な目で見られた。

 どうせ出来の悪い子ついでなので、割と真剣に勇気を出してレオン様に尋ねてみる。


 「……私は、どうしたら美味しくなりますか?」


 今度は、体の芯まで凍りつきそうな冷たい目で見られた。

 ……だって、レオン様が私のことを不味いって言ったんじゃないですかっ。

 結構本気で傷ついたんですよ。


 「……そうだな。全身に塩でも摺りこんで、一晩寝かせたら美味しくなるんじゃないの?」


 レオン様はそう言うと、いきなり私の頬をがぶっと噛んできた。

 ……痛いっ。


 「まだ塩を摺りこんでませんよっ。まだ美味しくないですっ」

 「……まだ言うかっ」


 反対側の頬までがぶっと噛まれた。

 ……痛いっ。

 命懸けでお守りして、まさか頬を噛まれるとは思いませんでしたよ。

 泣きそうだ。

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