29. さようなら。この命に代えても貴方を守る
じりじりと火が迫ってきていた。
…ゆっくりしている暇はない。急がなければ。
怯えて震えるリリアナ様を抱き締めて、声を掛ける。
「リリアナ様、私が必ずお守りします。どうか、私を信じてください」
リリアナ様は震えながら、小さくこくりと頷いた。
抱きしめるその腕を放して、自分のマントをリリアナ様に掛ける。
「私が良いと言うまで、目を閉じていてください」
マントでリリアナ様をしっかり覆い包み、そのまま抱き抱えて外に出る。
火の勢いはまったく衰える様子が無く、時折飛んでくる火の粉で顔がヒリヒリ痛む。
とにかく一刻も早くここから脱出しなければ。
一気に火の中を駆けて抜け出ようとしたその時、爆発音のようなものが聞こえたかと思うと、上から岩が落ちてきて前後の道を塞いだ。
「逃がすかっ!そこがお前等の墓場だっ!」
どこからか男の声が響く。
…ここまでするのか。
どれほど恨みが深ければ、これほど周到に、こんな非情なことが出来るのだ。
落石の際の風に煽られて、炎が更に勢いを増して高く上がる。
一気に駆け抜けようとしたが、前後の道は塞がれて、最早逃げられない。
…残るは。
リリアナ様を抱えたまま、左方を見る。
…左は崖だ。
前も後ろも逃げられない。ならば、残るは左の崖しかない。
確か、来るときに川があったはず。
さっきドアを蹴破って馬車から出た時に滝が見えた。
…この崖の下はおそらく川だ。
だが、川があったとしても、ここから川面までどれほどの高さがあるのか分からない。
…飛び降りて、無傷ではいられないだろう。
…もし助かったとしても、川に落ちればリリアナ様はレオン様に変化してしまう。
しかし、このままここに留まれば間違いなく二人とも焼け死ぬ。
「…クロード、…熱い。…もう、ダメ」
リリアナ様のかすかな声が聞こえた。
迷っている時間は無い。
…私はリリアナ様の護衛で、リリアナ様のために私がいる。
命を懸けてお守りすると誓ったはず。
目を閉じて覚悟を決める。
…リリアナ様、あなたの護衛に選ばれたあの日、どれほど嬉しかったことか。
お側にいられて、幸せでした。
…旦那様、奥様。誓いは必ず果たします。
「…どうかご無事で」
マント越しにリリアナ様の額にそっと口づけし、決して離さないようにしっかりと抱きしめ、燃え盛る火の中を駆け抜けて、崖を飛び降りた。
マントに覆い包んだリリアナ様を抱えまま、木の茂みの中を落ちていく。
背後で枝が折れるバキバキっという大きな音や葉擦れの音がし、肩や腕を強打しながらもどんどん落下していく。
…私は、すでに覚悟を決めた。
だが、リリアナ様だけは無事に旦那様の元へお帰ししたい。
リリアナ様に怪我をさせるわけにはいかない。
自分の腕でリリアナ様を覆い包み、決して枝が当たり怪我することの無いよう守る。
…思ったより、かなり高さがあったらしい。
飛び降りてから、だいぶ経った気がするが、まだ川面に着かない。
全身を何度も枝にぶつけて意識が朦朧としてくる。
…いや、まだだ。こんな所で意識を失うわけにはいかない。
せめて、もう少し、ギリギリまで保ってくれ。
リリアナ様だけは守りたいのだ。
この身を犠牲にしても構わない。
私が下敷きになって何とかリリアナ様を守りたい。
例え川に落ちてレオン様に変化したとしても、どうかその命だけは助かってくれ。
どうか。
ガツッ!
頭に激痛が走る。
…ああ、まだだ、まだ。
…レオン様。
…レオン様、どうか無事に屋敷にお戻りください。
…お母様がお待ちです。
…レオン様…。
…ひか、り……?




