26. これがお姫様抱っこです
……眠ってしまったのだろうか。
リリアナ様は私の膝の上で、私の胸に顔を伏せたまま動かない。
馬車の中で気を失ってしまうほど体が弱っているリリアナ様を、わざわざ声をかけて起こす必要も無い。
たとえ馬車が揺れても落とすことがないように、リリアナ様の体を自分の方にしっかりと抱き寄せたまま、私は一人ぼんやりと窓から外の景色を見ていた。
しばらく走り続けて、隣町の神殿に馬車が着いた。
「リリアナ様、着きましたよ」
私が眠っているリリアナ様に声を掛けてから、抱き抱えたまま馬車から降りようとすると、リリアナ様がぼそっと呟く。
「……このまま馬車から降りたくない」
……はい?
下げ渡しの林檎が欲しいと、屋敷に引き返したくないと号泣したのは誰ですか?
もう忘れてしまったのか?
それとも眠気が勝っているのか?
……どちらにしても、もう神殿に着いた。
さっさと林檎を貰って帰ろう。
「……じゃあ、ここで眠っていていいですよ。私が林檎を貰ってきますから」
そっとリリアナ様を座席に降ろして、私が一人で馬車を降りようとすると、リリアナ様が驚いた顔で私の上着をぎゅっと掴む。
「……あ、嫌っ。違うの、そうじゃなくて。……一緒に行くわ、連れて行ってくれる?」
「勿論です」
私はもう一度リリアナ様を抱きかかえて、そのまま馬車から降りた。
神殿の門の前にはもう多くの若者が集まって賑わっていたが、私がリリアナ様を抱えて馬車から出てくると、何故か、さあーっと人が引いて目の前に道が出来た。
若い娘たちが、こちらを見て何かきゃあきゃあ騒いでいるようだが、そんなことよりも肝心の林檎の下げ渡しの場所は何処だろう。
「……クロード」
リリアナ様が小さな声で私を呼ぶ。
「……人が見てるわ。恥ずかしいから、やっぱり降ろして。自分で歩くから」
人目を気にするように、リリアナ様はきょろきょろと周囲を見回している。
「ダメです。降ろしません」
「……だって、皆が見てるわ。あなただって恥ずかしいでしょう」
「いいえ、私はまったく気になりません。周りが気になるなら、……リリアナ様、私だけを見ていてください」
私の腕の中で、ぽかんと私を見上げるリリアナ様の顔の前に、私は自分の顔をのぞかせた。
「こうやって私だけを見ていたら、周りは目に入らないでしょう?」
リリアナ様は困ったような泣きそうな顔をして、私の胸をぺしぺしと叩いて、そのまままた顔を伏せた。
「……もう、もう、あなたって人はもうっ」
リリアナ様とそんなやり取りをしていると、急に周りが若い娘の甲高い叫び声で煩くなった。
……ここは神殿じゃないのか?神様の前でこんなに煩くていいのか?
神殿の門の前に集まっていた若者たちが、少しずつ中に移動を始めた。
そろそろ皆のお目当ての林檎の下げ渡しが始まるらしく、私はリリアナ様を抱えたまま彼らについて行く。
少し歩いて神殿の中の広場に着いた。
そこは三方を回廊に囲まれていて、正面にある壮麗な建物の手前に階段があり、その奥には女神像らしき石像が見える。
階段を上がったところに高位の神官らしき女性がいて、その後ろに籠を持った女性が控えている。
……あの中に、リリアナ様が欲しがっている下げ渡しの林檎があるのだろうか。
左右の回廊には神官らしき男性が五人ずつ、間隔を空けて立っているのだが、何故か、彼らは全員、革製のマントを身に付けている。
……神官が革のマント? 何故、そんなものを身に付ける必要があるのだ?
私が首を傾げていると、神官が呼び鐘を鳴らして、下げ渡しが始まることを伝えた。
「……いよいよね、クロード。何だか、わくわくするわ」
リリアナ様が私の腕の中で、待ち遠しくて堪らないという表情で前にいる女性神官を見ている。




