24. 重いマントと恋話の期待
あっという間に時が過ぎて、リリアナ様と共に隣町の神殿へ発つ日になった。
従姉が隣町に住んでいるというマリアも一緒に行くものとばかり思っていたが、行かないらしい。
「私はね、無神経なあなたと違って、人の恋路を邪魔するなんて無粋なことはしないの。それに二人きりで行かせた方が、絶対に後で楽しい話がいろいろと聞けると思うの。自分で自分の楽しみを減らすようなことはしないわ。ねえ、お嬢様?」
「マリアったら、からかわないで」
マリアがリリアナ様の髪やドレスの最終確認をしながら、意味ありげにリリアナ様に目配せをする。
護衛の私はもちろん全力でリリアナ様をお守りするが、そんな身支度の手伝いまでは出来ないし、もしリリアナ様の髪が乱れても私には直せないぞ。
ついて来なくていいのか、マリア?
あまり余計なことを言うと、またマリアに首を絞められるかもしれないので、私は心の中で思っているだけで口をつぐんだ。
旦那様からリリアナ様の護衛用に新しく頂いたマントは、ぼろぼろになった前の物よりもかなり重く、肩にずしっと圧し掛かる。
……必ず守れと言う旦那様の無言の圧力のようだ。
奥様が、前のマントの生地は、リリアナ様を守るために金に糸目を付けずに特別に作らせたものだと言っていた。
……だいぶ重さが増しているが、前のと何がどう違っているのだろうか。
きっと私には想像も出来ないほど金が掛かっているのだろうな。
リリアナ様を無事に連れ帰るのは勿論だが、今度こそ絶対に破かないようにしよう。
マントの重さと、責任の重さを噛み締めて、私は気持ちを引き締めた。
「では、行ってくる」
「クロード、お嬢様をお願いね。それと、あんたはちゃんと神様に恋愛の機微を授けてもらってくるのよ。忘れちゃダメよ」
「なんだそれ。……そんな怖い顔しなくても、分かったよ。ちゃんと貰ってくるから。レンアイノキビだっけ?」
私を睨みつけたマリアは、リリアナ様がお守りの虹色貴石の首飾りをちゃんと付けていることをもう一度確認する。
「お嬢様、クロードが一緒ですから安心してくださいね。クロードは女心が分からない無神経男だけど、もし何かあった時は命を懸けてお嬢様をお守りしますから」
「ふふっ、大袈裟ね。神殿で林檎を頂いたら、すぐに戻ってくるわ」
「……帰ったら、いろいろ聞かせてくださいね。楽しみにしてますから」
リリアナ様との内緒話を終えたマリアが、後ろに下がる。
ドレスの裾を軽く持ち上げながら馬車に乗り込むリリアナ様の後に続き、見送りに来た旦那様と奥様に挨拶をしてから私も乗り込んで屋敷を後にする。
目に涙を浮かべながら口を一文字に結んでいる旦那様と、その横で、まるで面白い話の続きをねだる子供のようなわくわくした顔の奥様が対照的だった。
……やっぱり奥様はレオン様に似てる気がする。
隣町の神殿まで馬車でゆっくりと駆けて行く。
目的の林檎の下げ渡しは昼過ぎに行われるらしく、時間はたっぷりある。
五歳の時に突然レオン様に変化したリリアナ様は、旦那様の厳命により、その後屋敷から出ることは無かった。
それゆえ隣の町であっても行くのは初めてで、リリアナ様は目にする物すべてが珍しく興味深い様子で、ずっと馬車の窓から外を眺めている。
私はと言うと、十歳までは伯爵家の離れで育ち、護衛に選ばれてからはずっとリリアナ様の側にいたので、屋敷の外に出ることはほぼ無かった。
屋敷に出入りする商人達から、商売で訪れる色々な町の話を聞く機会が時々あったので、知識だけは多少はあるが、それでも初めて訪れる場所というのは、正直言ってわくわくする。
しばらく町中の平坦な道を走っていたが、少しずつ建物が減り目に入る緑が増えて来たようだ。
そのまま走り続けると、今度は川が見えてきた。
……川の側を通るのか。これは気をつけなければならないな。
私はそっとリリアナ様を見た。
アンリエッタ嬢の企みで川に落ちたリリアナ様はレオン様に変化した。
……二度とあんな危険な目に遭わせることの無いように、充分に注意を払わねば。
初めて訪れる隣町の神殿。
若者の間で有名だという祭り。
恋が叶うとか言う下げ渡しの林檎欲しさにどれだけの人が訪れるのか、想像もつかない。
……誰にもリリアナ様の秘密を知られること無く、無事に屋敷に戻る。
きらきらと目を輝かせて窓の外を眺めているリリアナ様に、私は心の中で誓った。
何があっても、必ずお守りする。
例えこの命を懸けても、リリアナ様をお守りするのが私の務め。
旦那様と奥様の元へ、きっと無事にお連れするのだ。




