23. 無神経、ここに極まれり
マリアはよくぞ聞いてくれたと言わんばかりの顔をして、話始めた。
「私の従姉が隣町にいるのは知っているでしょう。その従姉が今度結婚が決まってね、そのきっかけが去年の神殿のお祭りなのよ」
「どういうことだ?」
マリアが言うには、その神殿の祭りで神から下げ渡された林檎を食べると恋が叶い結婚が決まると、婚期を迎えた若者の間では有名らしい。
マリアの従姉は、去年参加して林檎を手に入れ結婚が決まったのだとか。
その話をリリアナ様にしたところ、自分も祭りに参加して林檎を貰いたいと言い出したのだそうだ。
……林檎を食べるだけで結婚が決まるとか、そんなわけないだろうに。
どんな林檎だ。
最初から相手がいる者が、それをきっかけに結婚しただけじゃないのか。
「まあ、なんて夢の無い男なのっ。あんたって黙って立っていれば良い男なのに、中身が残念過ぎる。せっかくの見た目も、中身がこれじゃあ宝の持ち腐れよね」
口を尖らせてぷりぷりしているマリアに、私はふと湧いてきた疑問をぶつけてみた。
「だが、何故、リリアナ様がその祭りに行くのだ? 何の為に?」
マリアとリリアナ様が困ったように顔を見合わせる。
「……何の為って」
「だってそうだろう。そもそもリリアナ様には林檎なんて必要無いじゃないか。リリアナ様が望めば、どんな男でも喜んで縁組するに決まってる」
すると、リリアナ様が急に泣きそうな顔になり、唇を噛んで下を向いた。
それを見たマリアが、自分の手のひらにふうっと息を吹きかけながら、私と視線を合わせずに聞いてくる。
「……じゃあ、もし、そのお嬢様の気持ちに気づかない男がいたら?」
「そんな鈍い男いるわけないだろ。……もし、いたら、そうだな。目を覚ませって顔を引っ叩いてやるかな。ははっ」
その瞬間、マリアが「目を覚ませっ」と私の頬を全力で平手打ちしてきた。
……痛っ、何をするっ。
驚いて目を見開くリリアナ様を背に、マリアは床に倒れる私の前に仁王立ちしている。
そして、反論を許さぬ迫力で私を見下ろしながら言った。
「つべこべ言わずに神殿に行って、あんたは神様に恋愛の機微でも授けてもらってきなさい。分かったわね」
……はい。
その後、リリアナ様はマリアと共に奥様の元へ行った。
旦那様よりも先に、奥様に根回しした方が外出の許可を得やすいのではという判断らしい。
実際、「外出なんてとんでもない! もう一生外に出すつもりはない!」と怒り叫ぶ旦那様を、何とか説き伏せたのは奥様だった。
一目惚れした奥様との結婚を、奥様の父君であるオーランド侯爵に反対され、百日間毎日侯爵の元へ結婚の許しを請いに通ったという旦那様は、奥様には弱いのだ。リリアナ様にも弱いけど。
奥様の説得で来月のリリアナ様の外出は許され、旦那様が護衛騎士のクラウス様と共に、新しいマントを持って私の所へ来た。
「クロード、頼むぞ。リリアナのことは、お前に任せたからな。信じているからな。絶対に無事に連れて帰るんだぞ。怪我なんかさせるんじゃないぞ」
はらはらと涙を流しながら私の両腕を強く握る旦那様に、そこまで心配なら外出を許さなければいいのにとも思うのだが、それでも外出の許可が出て護衛を任されたのなら、私は務めを果たすまでだ。
前の物よりも更に重さが増して、受け取った瞬間にズシッと腕が沈んだ特別仕様のマントを手に、旦那様に応える。
「必ずお嬢様をお守りし、無事に屋敷までお連れします」




