22. 思わせぶり野郎は生まれ変わって来い
久しぶりのグランブルグ伯爵家は、その日とても賑やかだった。
マリアが、私とリリアナ様が屋敷を留守にしていた間のことを聞きたがったのだ。
とは言っても、レオン様のことは誰にも話せない。
かと言って、リリアナ様が賊をぶった切ってその背中を踏みつけたり、エリオット王子を二度も拳で殴り飛ばしたりした、なんてことは勿論言えないし、言ってもマリアには信じてもらえないだろう。
返事に困った私は、頭を掻きながらぼそっと呟いた。
「……話すことなんて何も無い」
「そんなわけないでしょう。たくさんあるはずよ」
意味ありげなニヤついた顔でマリアが私の腕をつついてくるが、私には何も思い浮かばない。
「いつからお嬢様のことを名前で呼ぶようになったのよ。何がきっかけで?」
マリアの言葉に、リリアナ様が顔を赤らめて両手で隠した。
「リリアナ様に名前で呼んで欲しいと言われたから、そうしているだけだ」
その言葉に納得がいかない様子のマリアは、私がリリアナ様に差し上げた花柄のヴェールを片手に声を上げる。
「じゃあ、これは? お嬢様への特別な贈り物でしょう?」
「リリアナ様のお姿があまりに神々しくて、通りで老人達に囲まれて拝まれていたから、咄嗟に買ったんだ。人目を避けるのに丁度良いと思ったけど、つるつる滑って巻くのに苦労したよ。我ながら下手くそだった。ははっ」
へなへなとその場に手をついて項垂れたマリアが、「下手くそ」という私の言葉に反応して片眉を上げた。
「……ちょっと待って。下手くそって何?」
「ああ、これ。こんな風にしか出来なくてな」
今ならば笑い話かなと、軽い気持ちでマリアが持っていたヴェールをリリアナ様に巻いてみた。
するとマリアはそれを目にした瞬間に、私がリリアナ様に巻いたそのヴェールを剥ぎ取ると、まるで鬼の形相でそれを私の首に巻き付けてきた。
「己はこんな下手くそな巻き方でお嬢様に往来を歩かせたのかっ。今すぐ生まれ変わらせてやるっ」
「うわっ、だって、そんなの女物のヴェールなんて、今まで触ったことも無かったんだから仕方ないだろうっ。マリアっ、苦しいっ」
気の合った幼馴染のじゃれ合いと笑いながら見ていたリリアナ様が、マリアの本気っぷりに慌てて止めに入ってくれたが、……危なかった。
「本気で絞めるなんて、酷いじゃないか」
私がついさっきまで絞められていた首をさすりながら文句を言うと、マリアはぷいっと顔を背けながら言葉を返してくる。
「酷いのはどっちよ。思わせぶりなことばかりして、ちょっとは自覚しなさい」
「大変な思いをして帰って来たんだから、もうちょっと優しくしてくれても良いんじゃないか?」
「なによ。何も無かったって自分で言ったくせに」
「……う、あ、まあ、そうだが」
言えないけど、賊に絡まれたラリサ王女を助けたりしたんだけどな。
川に流された時に、体のあちこちをぶつけたりもしたんだが、あれだけマントが破れた割にはどこにも怪我が無くて良かったわねと、マリアはあまり労わってくれない。
主が無事ならそれで良し。
護衛の仕事なんて、こんなものか。
「……クロード、聞いてるの?」
ぼんやりと考え事をしていた私を、リリアナ様とマリアが揃って見ていた。
そして、リリアナ様が申し訳なさそうな顔をして口を開く。
「クロード、帰って来たばかりで申し訳ないのだけれど、一緒に行ってもらえないかしら」
「来月、隣町の神殿で年に一度のお祭りがあるの。お嬢様の護衛として、そこに一緒に行って欲しいのよ」
隣町の神殿? 祭り?
……危険な目に遭ってやっと帰って来たばかりで、旦那様の許可が出るわけがない。
無理に決まってるだろう。
何を分かりきったことを言っているのかと、私が半ば呆れてマリアに言うと、リリアナ様は困ったようにマリアと顔を見合わせるも、それでも諦めきれないようだった。
「わたしがお父様にお願いするわ。お父様のお許しが出たら、一緒に行ってくれる?」
「それは勿論です。私はリリアナ様の護衛ですから、旦那様のお許しさえあれば、どこでもお供します」
リリアナ様はぱあっと笑顔になり、マリアと一緒になってはしゃぎだした。
……まだ旦那様のお許しも頂いていないのに。
それにしても、隣町の神殿?
今まで一度も行ったことが無いように思うが、何故急にそんな所に行きたいと言い出したのだろう?
私は、せっかちにもリリアナ様と準備の話を始めているマリアに尋ねてみた。
「マリア、隣町の神殿の祭りとは何だ?」




