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20. ますます言えない秘密

 長旅でぐったりと疲れた様子のリリアナ様を休ませるよう言ってマリアに預けた旦那様は、側に控えていた護衛騎士のクラウス様と共に私の前に歩いてきて、おもむろに口を開いた。


「……クロード、残念だが、そのアンリエッタ嬢を罪に問うことは出来ない」

「何故ですか? アンリエッタ嬢が下男を使って企んだことに間違いありません。命綱を切った男の顔は今でもはっきりと覚えています」


 溺愛するリリアナ様がこんな酷い目に遭ったというのに、アンリエッタ嬢の罪を問えないとは、……旦那様の言葉とはとても思えない。


 納得できずにいる私の表情に気づいたのか、旦那様が軽く目を伏せ言葉を続けた。


「お前の言葉を信じないわけではない。アンリエッタ嬢を許せないと憤るのは私とて同じだ。だが、それは今となっては難しいのだ」

「……どういう意味でしょう?」 


 険しい顔で黙る旦那様に促され、代わりにクラウス様が口を開く。


「アンリエッタ嬢は現在、ギリエル男爵邸に幽閉状態にある」

「……幽閉⁉ アンリエッタ嬢が⁉」

「お前がリリアナ様と共に狩場から行方不明になった翌日のことだ。アンリエッタ嬢は自邸で、自分の猟犬に襲われて大怪我を負ったそうだ。命は何とか取り留めたが、正気を失くしたまま元に戻らず、父親のギリエル男爵の命で屋敷の奥に幽閉されているらしい」

「……アンリエッタ嬢が猟犬に襲われた?」

「猟犬の世話をしていた下男は犬に嚙み殺されたらしいが、……お前の言う、命綱を切った男と言うのはおそらくこの男だろう」

「……あの男が犬に噛み殺された?」


 リリアナ様を犬に襲わせたアンリエッタ嬢と下男が犬に襲われた……?

 そんなことが偶然に起こり得るのか?


 ……はっ、……まさか、旦那様が?


 私の視線に気づいた旦那様が首を横に振った。


「私ではない。マリアから、アンリエッタ嬢が関りがあるかもしれないとの報告は受けていたが、いくらリリアナが可愛くても証拠も無しにそのような非道なことはしない」


 ……では、誰が?


「ギリエル男爵と普段から親しくしていて、当日たまたまそこに居合わせた貴族の話では、狩りの日までは何事も無かったらしい。翌日、いきなり犬達が暴れ始めて犬番の手に負えずに犬舎から飛び出して、庭にいたアンリエッタ嬢に襲い掛かったそうだ」


 ……リリアナ様に無礼な態度を取り、犬をけしかけて襲わせたアンリエッタ嬢。

 赤い巻き髪で恰幅の良いアンリエッタ嬢が犬に襲われて逃げ惑う姿が目に浮かぶ。

 ……あの女がしたことは今でも許せないが、あまりにも哀れな。


「襲われたのはアンリエッタ嬢だが、父親のギリエル男爵も元々評判が悪く、実は狙われたのは父親の方ではないかという噂もある。だが、犬はその場ですべて処分され、下男は死に、アンリエッタ嬢も正気を失くし、最早調べようもない。誰かの恨みを買って狙われたのか、それとも偶然なのか、分からないままだ」


 ……そんな。


 力なく項垂れる私の両肩に旦那様が両手を置いた。

 その微かに震える手に驚いて私が顔を上げると、私を見る旦那様の目には涙が浮かんでいた。


「クロード、その話を聞いた私がどれだけリリアナのことを案じたか分かるか。屋敷を留守にしたばかりに、もう二度とリリアナと会えないのかと、あの子を失ってしまったのかと、どれほど後悔したことか。……お前がいてくれて本当に良かった! お前を護衛に付けて良かった! クロード、リリアナを守ってくれてありがとう!」


 ……言えないっ、もう絶対に言えないっ。キスしましたなんて!

 レオン様とキスしましたなんて、死んでも言えないっ!

 許してください、旦那様! 奥様!

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