19. 護衛男子の秘密
とにかく安全に、且つなるべく早く戻ることを第一に考えてエリオット王子の馬車に同乗させてもらったのだが、道中で色々尋ねられたらどうしようと案じていたのは杞憂に終わった。
どうやらオリヴィエ様が予めエリオット王子に言い含めていたらしく、馬車の中では当たり障りのない会話に終始し、そのまま何事も無くグランブルグ伯爵家に帰り着いた。
疲れた様子のリリアナ様を気遣ってか、エリオット王子はいつものようにずかずかと屋敷に入り込むことも無く、門の前でリリアナ様と私を馬車から降ろすと、「ではまた」という信じられないほど控えめな言葉を残して去って行った。
……二度も拳で殴られて吹き飛ばされても、リリアナ様への気持ちは変わらないのか。
屋敷まで送ってもらったのは感謝するが、……やはりあの王子は変わってる。
「お嬢様! クロード!」
戻って来たことを従者から伝え聞いたらしいマリアが、屋敷の中から声を上げて駆け出てきた。
その後から旦那様に支えられた奥様も出て来て、疲れて力なく微笑むリリアナ様を抱き締める。
「リリアナ! よく無事で!」
「よく無事に戻って来てくれた……」
旦那様が、リリアナ様を涙を流しながら抱き締める奥様ごと抱き締めている姿を見て、私はやっとグランブルグ伯爵家に帰ってきたことを実感していた。
必ず無事に連れ帰ると奥様に誓ったが、何とかそれも果たせた。
……色々あったが、やっと帰ってきた。
「お帰りなさい」
屋敷に帰り着いて役目を果たせたことで、じわじわ疲れが出て来て、ぼうっとしていた私の背中を軽く叩きながら、マリアが声を掛けてくる。
「……ただいま。色々迷惑を掛けたな」
「私よりあなたの方がずっと大変だったでしょ。正直言って、お嬢様があの激流にのまれた時は、さすがにどうなるかと思ったわ」
色々ありすぎて、つい忘れてしまっていたことを、私はマリアの言葉を聞いた瞬間に思い出した。
……あいつ、あの下働きの男。
犬を操ってリリアナ様を襲い、笑いながら命綱を切った、あの男。
思い出すだけで沸々と怒りが湧いてくる。
「マリア、リリアナ様を襲わせたのはアンリエッタ嬢だった。アンリエッタ嬢が下働きに命じて犬をけしかけたんだ。川で命綱を切ったのもその男だ」
「……え、ちょっと待って。アンリエッタ嬢って、川で命綱を切ったって、何? そんなことがあったの⁉」
私が思わずマリアの肩を掴んで声を上げているのを旦那様が聞きつけて、リリアナ様を抱き締めたまま、こちらに顔を向ける。
「クロード、何があったのか説明しなさい」
普段とても温和な旦那様の、あまり見ることの無い険しい顔に少し驚きながらも、狩場で起きたことを順を追って話す。
アンリエッタ嬢に一方的に恨まれて、罠に嵌められて、犬に襲われたこと。
そして、リリアナ様が川に落ちたこと。助けに飛び込んだが、命綱を切られて流されてしまったこと。
私が話すにつれて、旦那様の顔はますます険しくなり、何かを考えこんでいるようだった。
奥様は真っ青な顔で私の話を聞いていたが、マリアが私のマントに気づいてちらちら視線をよこしているのが気になったらしく、何事かと覗きに来た。
「何をそんなに見ているの?」
「だって、奥様。見てください、このよれよれのマントを。どうしたらこうなるのよ、クロード!」
針子が手に負えないと匙を投げた為に、私が自分で縫ったマントが気に入らないらしく、マリアは口を尖らせている。
「仕方ないだろう。川に流された時に破れてしまったんだ。針子が目にしたことが無いほど高価な布地で手に負えないと言うから、私が自分で縫った」
「それにしてもへったくそねえ」
呆れるマリアの横で、私のマントを広げてしばらく言葉を失くして見ていた奥様が、突然私を抱き締めてきた。
奥様にこんなことをされるのは初めてで、私は奥様に抱きしめられながらマリアと顔を見合わせて呆気に取られていた。
「……あ、あの、奥様?」
「……クロード、ありがとう。リリアナを、わたくしの子を守ってくれてありがとう。あの子が無事に帰って来られたのは、あなたのおかげだわ。あなたを信じて託して、本当に良かった……!」
……言えない。……キスしましたなんて。
レオン様とキスしてしまいましたなんて、口が裂けても言えない。
どうしよう。どうしたらいいのだ⁉