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153. 優しい光

 私は目の前の不思議な光景に呆気に取られていた。



 突然現れた、淡い金色の光。

 そして、その光の中に立っているレオンの祖父君アシュラン様。


 柔らかな蜂蜜色の髪に澄んだ青い瞳、溜息の出るほど整った顔立ち。


 アシュラン様はレオンにとてもよく似ていて、私は今の自分の置かれている状況をつい忘れて、「あと数年したらレオンはお父様そっくりになって、令嬢達に囲まれて大変なことになるわよ」というレティシア奥様の言葉を思い出していた。

 ……確かに、これは大変なことになりそうだ。


 思わず手にしていた剣を落として、静かな空間に音を立ててしまい身を小さくする私を、ちらりと見たアシュラン様は笑っていた。

 優しそうな穏やかそうな方に思えた。


 そんなアシュラン様を前に、王太后は震えあがっていた。

 

 先程までの私に対する高圧的な態度とはまるで違って、アシュラン様の姿を目にした王太后は怯えて後ずさり、ユーリの後ろに隠れていた。


 ユーリもそんな王太后の姿を見るのは初めてなのか、戸惑うように王太后とアシュラン様を交互に見ていた。


 私は落とした剣を拾って鞘に納めると、床に横たわっているリリアナ様の体を抱え起こしながら様子を伺っていた。


 やがてアシュラン様が静かにその口を開いた。


「ナスターシャ。何故、こんなことをする?」


 まるで悪さをして親に叱られる子供のように、王太后がユーリの後ろから少しだけ顔を出してアシュラン様を見る。


「王命で私達がどんな思いをしたのか、君は忘れたのか? 何故、同じことを繰り返そうとする?」


 またユーリの後ろに隠れた王太后が声を張り上げた。


「王命を出したのは、わたくしじゃないわ!」

「私の孫に対する君の執着が招いたことではないのか」


 呆れたような口調のアシュラン様に、王太后がユーリの腕にしがみつきながら声を荒らげた。


「あなたがわたくしを独りにするからよ! 恋が終わったなんて言って、わたくしを切り捨てるからよ! ……勝手に終わらせないわ! わたくしから離れるなんて許さない! 例えあなたでも、レオンは絶対に渡さないわ! わたくしのものよ!」


 王太后はよほどアシュラン様が怖いのか、言うだけ言って、またユーリの背中に隠れた。

 私の目にはアシュラン様はそんな恐ろしい方には見えないのだが、王太后は不思議なほどアシュラン様を怖がっていた。


「……私では、不満か?」


 そんな王太后にアシュラン様が優しく語りかける。


「私がずっと君の側にいると言っても、もう遅いのか?」

「……何を言っているの? ……あなたはわたくしを恨んでいるのでしょう? わたくしを騙してレオンを取り返すつもり?」


 震えながら王太后が前に出てきた。

 ユーリの腕を掴みながら、ふるふると頭を震わせてアシュラン様を見上げている。


「私は生涯、君だけを愛すると誓ったはずだ。忘れてしまったのか?」

「……だって、あなたはわたくしを怒っているはずよ。……媚薬のこと、今でも恨んでいるのでしょう?」


 媚薬という言葉に、アシュラン様は小さく笑った。


「……確かに、君だけだと誓った私に対する君の仕打ちは応えた。だが、独身を貫くつもりだった私を子や孫たちに会わせてくれたのは君だ。何より君は私の命を救ってくれた。感謝こそすれ、恨んでなどいない」

「……本当に? ……本当に? アシュラン」


 王太后が掴んでいたユーリの腕を放して、アシュラン様の方へ手を伸ばそうとして、バランスを崩して倒れた。

 ユーリが慌てて王太后の体を抱え起こす。


 カンカンカンッと小さな音を立てて、何かがこちらへ転がって来て、私が体を支えているリリアナ様の足に当たり、止まった。

 それは、王太后に取り上げられたリリアナ様の指輪についていた虹色貴石だった。


 王太后が倒れた際に、手に持っていた虹色貴石の指輪を床に打ち付けてしまい、石が台座から外れて転がってきたようだった。


 あっと小さな声をあげてこちらを見ていた王太后は、台座だけになった指輪に残念そうに目を落として、そしてそのまま動かなくなった。


 確か、あの指輪の台座には王太后の名前が彫られていたはずと私が思い出していると、ぼろぼろと涙を流しながら王太后が顔を上げてアシュラン様を見た。


「……わたくしを、愛している? ……今も?」

「初めて会った時からずっと」

「……わたくしはこんなに年を取ったわ。皺だらけよ?」

「君と共に年を重ねたかった」


 床に座ったまま泣きじゃくる王太后の涙をユーリがハンカチで拭っている。

 その様子をアシュラン様は微笑みながら見ていたが、やがてまた口を開いた。


「ナスターシャ。私は君と君の子を守るという約束を果たした。だから、どうか今度は君が、私の子と孫を守ってくれないか」


 泣きながら王太后が恨めしそうにアシュラン様を見上げる。


「あなたはずるいわ。わたくしはあの時、攫って欲しいと言ったのよ。守って欲しいなんて頼んでいないのに、わたくしにそんなお願いをするの?」


 その言葉を面白そうに小さく笑ったアシュラン様は、甘い眼差しで王太后を見た。


「それなら、私にどうして欲しい?」


 一瞬恥じらうように下を向いた王太后は、顔を上げて躊躇いがちに答えた。


「……抱きしめて欲しいわ。もうずっと抱きしめてもらっていないもの」

「おいで」


 微笑みながらアシュラン様は両手を広げた。

 それを見た王太后は、心配するユーリの手を離れて体を起こし、よろけながら、ふらつきながら、それでもアシュラン様から目を離さずに歩いて、何とかアシュラン様の元へ辿り着いた。


 そして王太后がゆっくりと淡い金色の光の中に入ると、待っていたアシュラン様がその手で抱きしめた。


「アシュラン! アシュラン! 会いたかった……!」


 光の中でアシュラン様に抱きしめられている王太后の顔が少しずつ変化していった。

 額や頬にくっきりと刻まれていた皺が、みるみるうちに薄くなり消えた。

 七十は超えているように見えたその顔が、二十歳くらいの娘の顔になっていた。


 王太后の目から溢れる涙をアシュラン様が愛おしそうに唇で拭っていて、嬉しそうにそれを受ける王太后の顔は髪の色こそ違うが、ラリサ王女にそっくりだった。



 その時、私はやっと理解した。

 何故、王太后がこれほどまでに孫同士を添わせることに執着していて、そしてそれが何故、エリオット王子ではなくラリサ王女だったのか。


 アシュラン様に生き写しのレオンと、自分にそっくりなラリサ王女を添わせることで、王太后は叶わなかった自分の恋を叶えようとしていたのだ。


 五十年もの長い間、王太后がただひたすらアシュラン様だけを想い続けていたことを知り、私には何やら王太后が哀れに思えてきていた。

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